徳川家光の時代のこと。
ある年の正月、具足餅の祝の時、
大久保彦左衛門忠教、今村九兵衛の両人は未明から出仕したが、
山吹の間に用があってそこに出ている間、本席に両人の姿が見えず、
このため両人は遅参したと思われた。
既に御祝いの儀式が始まった中、目付け衆は席を見廻り両人を見つけ、
「御祝いはもう始まっています。早々に御着座して下さい。」
と言った。
当然、彦左衛門は激怒した。
「我々は今朝未明よりこちらに詰めていたのに、
何の御沙汰もなく御祝いが始まっているとは意味がわからぬ!
神君の御代より、こういう事に御失念は無かったのに、
今日忘れられたということが、我々が年老い、
もはや御用に立たずとの思し召しであるなら、もはや退出すべし!」
この大騒ぎで御祝いの進行が止まり、老中始め役人たちは大いに当惑した。
それでも、
『大久保彦左衛門は神君よりの旧臣にて今日の御祝いでも第一の人だから。』
と役人たちが様々に挨拶し、
機嫌を直してもらおうとしたが聞き入れず、ついに老中松平伊豆守信綱が出てきて、
「完全にこちらの失念であったからこそ、役人たちも言葉を尽くしているのです。
早く席について下さい。」
と説得した。
しかし彦左衛門、
「我々は御旗本頭である!
であれば軍礼に、御旗本失念ということが有るだろうか!
もはや一番座も済んだようだ。我々は洗い膳にて食うようなことはしない!
まったく長生きすれば、珍しきことを聞くものかな。」
そう嘲った。
これには伊豆守もさすがに腹を立て、
「彦左衛門殿、舌の和らぐまま言いたい放題にも程がありますぞ!
将軍家の御祝いに洗い膳などと言うことはありえない!」
彦左衛門からからと笑い、
「伊豆守はずっと畳の上で、戦場は見たことも無い故に軍の言葉を知らぬと見えた。
二番座に出るのを洗い膳と言って、まことの武士は嫌うことなのだ。
よく聞いて置かれよ!」
伊豆守、心中さらに怒りが増したが、これ以上言い返す事もせず、
周りは伊豆守を甚だ気の毒に見ていた。
この時、酒井忠勝がふらりと出てきて、彦左衛門の手を取ると、
「老人のお言葉、尤もです。
ですが今日は格別の御祝いの事ですから、
あまり時間が過ぎてしまうのはいかがでしょうか?
さあ、席に付きましょう。この忠勝が相伴いたします。」
すると彦左衛門も、
「さてさて、讃岐守殿は天下の老中であるのに相伴するとは忝い。ならばいただき申そう。」
コロリと機嫌も直り着座した。
こうして御祝いは滞り無く相済んだ。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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