前田利常は、鼻毛が伸び過ぎていた。
それは大変見苦しいものであったが、誰もこれを申し出す者は居なかった。
重臣である本多安房守(政重)は、出張の土産として鏡を進上し、
また近習の者達に申し付け、夜詰めの際には利常の前でわざと鼻毛を抜かせ、
それとなく気付いてもらうようにしたが、まったく気にする様子はなかった。
この頃、利常の近くで仕えている掃除坊主が湯治に行った。
これに横山左衛門佐が指図して、
鼻毛抜きを土産として利常に捧げた。
彼は、これを見ると老臣以下を呼び集めた。
「私の鼻毛が伸びているのを、何れもおかしな事だと思い、
世上にては『鼻毛の伸びたうつけ者』などと言われている事は、
この利常も心得ておる。
近頃安房守が鏡を送ってきたり、近習の者達が懐に顔を差し入れて鼻毛を抜き、
痛そうな顔をしていたり、
今度この坊主が鼻毛抜きを持参してきたりしたのも、
お前たちが指図しなければどうしてこのような事があるだろうか。
私は全て解った上で、そのまま差し置いていたのだ。
その意味をお前たちに申し聞かすため、
今呼び集めたのである。
私は現在、大名の上座にして、官禄も日本有数の存在である。
この利常が利口を鼻の先に顕すようなら、人々は気を使い大いに疑いを持ち、
考えもしないような難儀を被ることもあるだろう。
私がたわけであると人に知らせてこそ、心やすく三ヶ国を領し、
何れも楽しむことが出来るのだ。」
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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