糠部の似鳥というところに、相模北条家の浪人で、越後という男が住んでいた。
「前世の供養がつたなく、こんな凡人に生まれてしまった。
何とか先祖の名を興したい。
桂泉観世音は立って願えばいる間に願いがかない、
座って願えば立つ間に願いがかなうらしい。
この観音に祈ってみよう。」
と、天台寺に毎晩かよい、三十三の観音経を読み、三年間勤行に勤めた。
すると、ある夜観音が現れた。
「一心に我を頼んだ信心を愛で、これを授けよう。」
観音は一つの手綱を越後に与え、四十五カ条の馬術の秘伝を授けた。
たちまち越後は奥州一の馬の名手となった。
その話を聞いた九戸政実は、越後に熱心に申し入れて奥義の伝授を受け、
自身も天下に聞こえた馬術の名人となった。
後年、豊臣軍六万が二戸城を包囲した。
北の塀のきわには、見事な馬に金の飾りをつけた政実が立ち、豊臣軍を見下ろした。
その威容に包囲軍はたじろいだ。
すると、彼は建物の屋根を乗りまわし、今度は東へ向かう。
周囲を威圧すると、さらに馬を飛ばして南、西へと向かう。
寄せ手の兵たちには、
政実が馬とともに空を飛んでいるようにしか見えなかった。
まるで、飛龍が天を行くようだった。
見た者も話を聞いた者も、
「これは人間業ではない。」
とおそれおののいた。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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