小谷落城の時、浅井備前守長政が、既に自害に及ぼうとしているのを、
織田信長は、不破河内守(光治)を遣わし、このように伝えた。
「今までの縁者の好があるのだから、私の方に少しも疎意な気持ちはない。
ただ兜を脱いで、降参してほしい。」
長政はこれに返答もせず、しきりと自害しようとしたのを、傍の者達が諌めた。
「信長がこれほどまで慇懃な礼を遣わした以上、何か仔細があるのでしょう。
どうか平に御降参あって、御家の相続を成されるべきです。」
この説得に長政も遂に同意し、
「であれば、父下総守(久政)の生害も御免あるべし。」
と申し送り、城を出て、百二三十騎ばかりで、降参の体を示した。
信長はこれを櫓の上から目にすると、声高に罵りの声を上げた。
「彼は長政か! 何の面目あって降参するのか!」
長政は大いに面目を失い、その道から赤尾美作守の宿所に入り、そこで自害して果てた。
この時、浅井の重臣である浅井石見守、赤尾美作守も続いて、一緒に自害せんとしたが、
大勢の敵に隔てられ、また彼らは老齢でもあったので足がついていかず、
剰え生け捕られてしまった。
信長は、彼らを引き出させ、また罵倒した。
「汝らは故なきことを長政にすすめ、朝倉と一味して親しき我を敵と致し、
今このような姿に成り果てた。何か言いたいことはあるか!」
赤尾は何も言わなかったが、浅井石見守は居ずまいを直して言い放った。
「事新しき仰せに候!朝倉義景を相違わず立て置くとの誓状の血判が未だ乾かぬ内に、
越前に攻め入った事、これによって長政は義理を違えず義景に一味したのだ!
只今も、『城を出られ候へ、別儀あるまじき』と様々に言ってきたが、長政は、
『信長の心中は、手の裏を返すつもりなのだ。ただ自殺すべし。』そう申されたのを、
『もし天命あって長政様の命が続けば、時節を得て信長をこのように仕りましょう!』
と、我らが達って諌めた、そのためにあのようになったのだ。
御辺はただ、天運が強いだけだ。
義理を知らず恥を知らず、全てに偽りを行い、
形は人であるが、心は畜生である!」
そう憚ること無く言うと、信長は激怒した。
「汝はその言葉と違い、生け捕られているではないか!」
「我ら老衰し、止むを得ず生け捕られた。だがこのような事、古今に例も多い。
武勇にて敵を討たず、偽りを以って人を滅ぼす。これは武士の恥辱である。
今に見ておれ、御辺は必ず、下人に頸を斬られるであろう!」
信長は憤激に耐えず、杖で石見守を打った。石見守はカラカラと笑い、
「搦め捕った者へのかくの如きはからい、あはれ良き大将の作法かな。
いかほどでも打てや犬坊!」
そう言い放った。
この後両人とも、斬罪となった。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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