天文の終わり頃、越後路で道を聞いて回る山伏に、老婆が声をかけた。
「昨日、お前様のように春日山への道を問うた人がおったが、
この先でお侍に斬られてしもうた。
悪い事は言わん、戻ったほうがええ。」
「わしは、春日山の毘沙門天へ参詣せんと、願を立てて来たんだがのぅ…。」
そこへ眼光鋭い騎馬の侍がやって来て、山伏に問い質した。
「御坊は武田の間者であろう?
本当に参拝客ならば、毘沙門天への供物など持参しておろうが。
ここへ出してみよ!」
山伏は、懐から小粒金の入った袋を取り出して見せた。
「…なるほど、どうやら言っておる事は真実らしい。
お詫びに、拙者が春日山まで案内しよう。」
山中の毘沙門堂に案内された山伏が、金を奉納すると侍は、
「遠方からの参詣ご苦労ゆえ、この城でも見物して帰りなされ。
なに、わしについて来れば問題ない。」
と言って、城中くまなく山伏を案内した。
「いや、念願叶って満足にござる。
あとは柿崎・鉢崎を回り、羽黒山に参詣せんと考えております。
引き続き、案内して下さらぬか?」
と頼む山伏に侍は、
「越後は目の見えぬ者ばかりではござらぬぞ?
化けるのも大概にされよ。」
と言い放って、山城に駆け戻った。
驚いた山伏が逃げ去ると案の定、数人の兵士が追いかけて来た。
とっさに山伏は付近の畑に隠れ、
立っていた案山子から野良着と蓑笠を剥ぎ取って着替えると、
山伏の装束は池に投げ捨て、小唄など歌って平然と歩き出した。
兵士たちは、山伏の思惑通り、池の装束を見て山伏が逃げ損なって入水したと考えて去った。
「…という訳で、危ないところだったわい。」
居城に帰り着いた山伏こと戸石城主・真田幸隆は、側近にグチをこぼした。
「間諜のお勤め、大変にございましたな。
ところで、殿あてに越後より書状と包みが届いておりますが…。」
「越後より? どれどれ、誰からの書状じゃ……?」
“山伏の姿に似せて、わが国への潜入、ご苦労にござった。
こちらも、そちらに合わせて春日山に似た山城をご案内させていただいた。
毘沙門堂もニセモノなので、奉納された金はお返しいたす。
真田弾正忠幸隆どのへ 上杉弾正少弼輝虎より ”
「おのれ…このままでは終わらんぞ…。」
数日後、野尻の近くで幸隆あての輝虎の書状と、
もう一通書状を持った斬殺死体が見つかった。
二通の書状は春日山に届けられ、輝虎は書状を読んだ。
“このような書状が届きましたが、幸隆は未だ戸石に戻りません。
手筈通り、柿崎・与板などを探った後、
そちらで休息するものと思われますので、
幸隆が参りましたら、この書状を渡して下さい。
宇佐美駿河守どのへ 真田家中より ”
上杉家臣、
「報告いたします!
一週間経ちましたが、
真田が、宇佐美殿のもとへ来る様子はございません。」
上杉輝虎、
「…そうか、ならば監視を解いて良いぞ。」
文箱から密書を取り出した輝虎は、
怒りに任せて偽手紙を引きちぎると、息も荒く吐き出した。
「この輝虎が、騙されて手足たる老臣を疑うとは…!
わしは弓矢を取っては、真田ごときに劣りはせぬだろうが、
智謀においては、かの者大いに恐るべし。
どんな手を使ってでも、彼奴は殺さねばならん!」
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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