将軍・徳川秀忠が、伊豆の三島を通行した時のこと。
旅館にて寝ていた時、近臣達は御傍に在って四方山の話をしていた。
その中の一人の話に、
「先に通行していた時に、御中間のなにがしと言うのが剛の者で、
三島の神池のウナギを蒲焼きにして食したそうです。
常には神のウナギなどと言って、現地の人々は手も出さぬそうですが、
『上様のお供であれば何の祟があるべきか!』
と言って食ったそうで、何とも剛の者ではないでしょうか。」
これを耳にした秀忠は俄に起き上がり、
「どういうことだ、もう一度言え!」
と、重ねてその話をじっくりと聞き、
「本多佐渡を呼べ!」
と、本多正信を召すと同じ話を聞かせ、
正信に命じて、
「その中間を糾明し、事実ならば明日、その者を町端で磔にかけよ!
そして札にその理由を書いて晒すのだ。
私の権威を借りて霊神を軽んず様に成っては、今後誓詞の文なども徒になってしまう。
これは小事のように思うかもしれないが、
それによって与える悪影響は、容易ならぬものだ。」
そう言って、終に法の如くこれを処置したそうである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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