福島左衛門大夫正則は、諸将の中でも、殊の外、物狂わしい人物だった。
猟より帰ってきて口をすすがないまま食事を取り、
食物の中に砂があると言って、料理人を誅した事も度々であった。
剰えその首を脇差しで貫き、くるくると回して興じたこともあったとか。
されども、思いの外の事もあった。
ある日、福島家の一門衆が集まり酒宴をした時、
給仕をしていた正則の寵愛する何某とかいう小姓が、
懐よりその酒宴に出されていた菓子を二つ三つ落とした。
正則はこれを見て大いに怒り、かの者を引き寄せて左手で頭髪を握り、
右手に刀を抜き持って、小姓の股を刺した。
血が夥しく流れたが、彼は少しも動じず、始めの如く給仕をした。
この場にいた者達は、何れも正則の気質を知っていた故に、
終に死罪に及ぶ事を惜しみ、彼を片脇へと引き退かせ、
「申し分が有るのか?」
と尋ねてみたものの、一向に物を言わなかったために、
遂には、
「侍の子たる者が、どうして酒宴の菓子を盗むような卑劣な事を成したのか。
お前の身が死罪となっても仕方がない。
そして死しても父兄弟までの面汚しであるぞ!」
と言った。
すると小姓はこれを聞いて、
「申すべき事もありますが、人の命を取るような事になり本意ではありません。
その人の命を救って頂けるのなら、仔細を語ります。
私の命は、免ぜられるべきではありません。
しかし一門の名折れと仰せられる事の口惜しさに、
このように申すのです。」
これを聞いて何れも誓って、
「其の方のことは力及ばないにしても、この事について、
他の人の命は我々の命にかけて救う。」
と申したため、この小姓は語った。
「彼の人も、殿様の御家中の若き者なのですが、
私に恋い焦がれ、数十通の文を、私は賜りました。
しかし私も殿様の御座をも汚す身ですから、取り上げてさえしませんでした。
それでも三ヶ年の間、日々に文を送ってくる心の切なさを愛で、
ある時その文の内容を見てその志を感じ、思わず返事をした後、
かの者はいよいよ耐えかね、虚労の様に煩ったと聞きました。
自分のために人の命を失ってしまうことの笑止さに、
どうにかして一度逢いたいと思ったのですが、
出仕している間は外の御傍にあり、帰れば寄り合い部屋であり仲間の目も忍び難く、
下部屋にてなりとも逢うべしと思い、かの男を番葛籠へ入れさせ、
一日前に入れ寄せました。
然れども折悪しく、三日三晩の御酒宴となり、致し方なき上に、
かの者が飢えることの痛ましさに、
この菓子なりとも遣わさんと懐中に入れたのですが、
運が尽き御前に於いて落としてしまったのです。
願わくば、かの葛籠を何も言わずに下してください。
私は命を惜しむようなことはしません。」
一門の輩はこれを聞いて、
「正則に対し、かの小姓の命乞いをしたとしても。承知して頂けないのは必定であろう。
しかし彼が菓子を盗んだのは卑劣なる所業では無いのだから、
せめて死後の恥辱を救い取らせん。」
と、事の始末を正則に語った。
正則はこれを聞くと機嫌直り、
「我が側に召し使う者ほどあって、卑劣の業はなさなかったか。
恋する男に逢おうとしたのは、我が目を欺くにも似ているが、
事情を見れば深く咎めるべきことでもない。
その上、今日の様子、流石に私の目鏡も違わなかったと感じた。
である以上、彼の死罪を許そう。
また彼に心を懸けた奴も、私の気質を知った上で、是非に逢おうとしたというのは、
用に立つべき者なのだろう。かの倅を、恋した男の所に遣わすように。」
として、大方ならぬ機嫌であったという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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