天正17年(1589)、小西行長と加藤清正による、肥後国本渡城攻めの時のこと。
加藤清正の軍勢が、本渡城の本丸に攻め入った時、
敵30人ほどが、具足・甲を着て、鑓長刀を持って一斉に切って出たのを、
追い取り包みて、一人も残さず討ち取った。
そしてその者達を見ると、
討ち取られた者に男は一人もなく、皆女であった。
故に首を取らず斬捨てとした。
彼女らと戦った時に手疵を負ったものが5,7人あった。
これに対し清正の近くで、いかに働いたと言っても、
女人に斬られ突かれたというのは弱いというように取り沙汰していた者があった。
これを清正が聞いて、
「定めてそれは、不吟味なる若輩者共の申し分である。
たしかに女人は、逃れがたき所であっても、
命を惜しむというのが世の中における習いのように言われているが、
あのように死を軽んじ、思い切って出た心中は、却って男子より堅固であろう。
それと戦って手疵を負ったのも越度ではない。
さりながら、彼女らの戦働きは、男ほどには出来ないのだから、
これを討ち取ったと言っても高名には成り難い。
ではあるが、一人も洩らさず討ち捨てたのは一段と心地よい。」
と仰せになった。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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