真田信之は、ある時、伊木三郎右衛門という者の三男・小膳を召出し、刀を与えた。
この時、信之が小膳に歳を尋ねると十三であるという。
それを聞いた信之がこう言った。
「静謐の世と言いながらお前たちは侍の冥加に叶っている。
我らは十三まで刀など持たなかった。十四で初めて指したのである。
それも父安房守からではなく母から二貫文で調えたのだ。
甲州では一四で初陣を飾るのが法であったからそれ以前は指さなかったのだろう。
刀の値段も安いようであるがその頃の一貫文は今の八貫文。
永楽銭の二貫文は十六貫文であるから金四両だ。
金銀の乏しい頃であったから今の五、六十金にも勝るのである。
また刀の寿命も今の十分の一にも及ばなかった。
戦となれば打ち折り打ちかき捨てるのだから名作であろうと安直なものだった。」
伊木三郎右衛門が信之に仕えたのは大坂の陣の後。
もはや戦の気配はない時代に信之が語った話。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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