ある日、信之は何人かの家臣とともに、船で川を下っていた。
向こう岸の山肌に、杉が青々と茂っているのが見えた。
信之は従う者のうち、まだ年若い者に質問した。
「お前たちの中で、杉の葉を食べたことがある者は、おるか?」
もちろん、誰もそんな物を食べた経験などなかった。
「 ・・・それは、今が泰平であるおかげだ。」
信之は、ポツリと語った。
「オレは、ある。 その昔、勝頼公が滅んだ際、
人質だったオレは、甲斐から沼田へ脱出した。
織田軍の追っ手におびえ、道を急いだオレたちは食料の調達もままならなかった。
ひもじさの余り、杉の葉を取ったのさ。
・・・ハハっ、とても食えたものじゃなかったがね。
その後も、ヒエ粥を食ったりして何とかしのいだよ。
これがまた、マズい代物でなあ・・・。
・・・なに、今だって苦いものをかみ締めているようなもんだから、
変わらんよ。
だが、そうやって苦難を乗り越えてきたおかげで、
お前たちを食わせる事が出来るのさ。
いいか、侍には杉の葉を食い、ヒエ粥をすすり、苦いものを呑んででも、
生きねばならん時があるのだ。 良く覚えておけ。」
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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