今日も今日とて暇を持て余していた慶次のおじちゃん。
そんなある日の事、堂森善光寺の門前に高札が立っており、
そこには、
「某月、某日、寺の庭で兜むくってやんよ。
見たい奴は誰でも見に来やがってください。前田慶次」
と書いてあった。
その噂は瞬く間に広がり、兜をむくるって何だ? という好奇心も相まって、
当日の善光寺境内は満員御礼。
ところが、肝心の慶次は中々姿を現さない。
観衆が慶次に一杯食わされたのかと訝しがり始めたその時、ようやく姿を現して一言、
「あ~、今日は下痢で無理。皆にゃ悪いけど、
とても芸が出来る体調じゃねぇわ。
次の指定日には必ず見せるから今日は帰って。」
と言うと、さっさと引っ込んでしまった。
都会の人間なら堪忍袋の緒が切れそうな場面ではあるが、
そこは田舎の純朴な村人たち、
「下痢じゃしかたねぇべや。また今度来んべ。」
「前田様、早く良くなるといいべなぁ~。」
と優しい言葉を口々に大人しく帰路についた。
そうして、次の約束日、当日。
前にも増して大勢の人で境内は溢れかえった。
寺の玄関前には立派な台が設置され、その上には「明珍」作りの見事な兜が飾られている。
いよいよ約束の時間、刻限どおりに現れた慶次は、
「今からこの兜むくってやるぜ! オメェら、眼ん玉かっぽじってよぉ~くみさらせ!」
と気合も十分に、うやうやしく述べる。
群集は何が起こるのかと固唾を呑んで見守っていたが、やがて慶次はやおら兜に手を掛けると、
「どっせぇぇぇい!」
と鋭い裂帛の気合と共に・・・・・・ただ兜後ろ向きにした。
「・・・・・・」
「・・・・・・これだけ?」
呆れて押し黙る群集たち。
そんな群集を尻目に、
「さぁ、どうだ! これにてオレっちの秘芸・兜むくりは終了でござい~。」
とやりきった顔で満足気にさっさと退場する慶次。
群集は怒るに怒れず、
「あの野郎また騙しやがった!」
「馬鹿にしくさりやがって!」
「でも、前田様らしいや。」
と毒を吐きながら帰路についたとさ。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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