宗茂が、2代将軍、徳川秀忠から非常に重用されたこと、これは有名であるが、
宗茂はさらに、3代家光からも高い信頼と寵愛を受けた。
これは考えてみれば不思議なことで、家光は父秀忠に近い人間に対しては、
基本敬して遠ざける、といった態度をとっている。
その中で宗茂だけは、秀忠の時代にもまして重用をしたのだ。
これは武人としての宗茂の、その立ち振る舞いと実直さを愛したためとも言われる。
さすがの宗茂も、もはや老境である。
そんな宗茂に家光は、寒くなったと思えば頭巾を与え、
これを貴人の前でも脱がなくて良いとし、足が弱くなったと聞けば手づから杖を与えた。
そしてどこに行くにも宗茂を扈従させた。
『将軍が宗茂を敬愛すること、父子のごとし。』
と言われた。
この頃の宗茂の書状にはよく、
「草臥れ申候」
と言った言葉が並ぶ。
若い家光に付き合うのは、さすがに寄る年波から、疲労も大きかったのだろう。
…が、それと同時にこんな言葉も並ぶ
「忝ない仕合せに候」
『たいへんだけど、嬉しいんだよね。』そんな言葉が聞こえてきそうである。
波乱万丈の勇将・立花宗茂。
彼はその晩年を、幸せにすごしたようである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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