山中鹿之介が、まだ子供だったころのこと。
鹿之介が仲間たちと戦ごっこをしていると、それを見ていた鹿之介の母は激しく怒った。
「戦ごっこをするのはよろしい。
でも仲間達を尼子方と敵方に分けたのは、何故ですか!」
「お前は、尼子方でいい気持ちかもしれないが、
敵方となった人たちは、どんな思いでいるとおもいます?」
母は、鹿之介をそう叱るだけでなく布子(木綿の綿入れ)をせっせと作り、
鹿之介の仲間たちのうち、
みすぼらしいなりをしている子を見つけると、
新しい布子に着替えさせた。
お腹がすいているようだと、食事をふるまった。
当時、尼子氏は毛利元就に圧迫されており生活は楽ではなかった。
それでも必死になって鹿之介の仲間の面倒を見た。
そして幾星霜。
この間、尼子家は毛利家に敗れ家臣たちはちりぢりとなった。
これを見て山中鹿之介が、尼子家再興を期して立ち上がったのだが、
そんなとき、山の向こう、林の奥、
木の陰から次々と布子を着た昔の仲間が集まってきた。
あ、あれは秋宅庵助、今川鮎助、横道兵庫助、植田早苗助ではないか。
戦ごっこをした幼なじみのあの顔この顔。
鹿之介は空を仰ぎ、母を思い浮かべていた。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
こちらもよろしく

ごきげんよう!