名香の有効活用☆ | げむおた街道をゆく

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退屈が大嫌いで、晩年は様々な趣味に没頭した伊達政宗。
 

能や料理、和歌の他に香道も嗜んでいた。

香道は公家や大名間で高尚な遊びとして流行しており、
名香を所持することは一種のステイタスだった。
 

政宗も、名香の所持者として知られ、

なかでも寛永3年9月に細川忠利から買い取った、
伽羅を「柴舟」と名付けて大切にしていた。
 

さて、政宗が名香を手に入れたとの噂を聞いて、

この香を欲しがった者がいた。
息子の秀宗と忠宗である。
庶長子、秀宗はすでに宇和島藩主10万石の大名として独立しており、

嫡男の忠宗も政宗の跡取りとして、

当然大名づきあいで香会などに出席するからである。

政宗は息子達にそれぞれ「柴舟」を譲ってやったが、

手紙を書き、こう釘をさした。
「この香は貴重な香だから、

むやみやたらに人に分け与えたり見せびらかしたりするんじゃねーぞ!
ほんと、こんな香はめったに手に入らないんだからな!」

しかし、当の政宗がこの香を誰かに分け与えたと息子達は聞く。
秀宗&忠宗「パパ言ってること違うじゃん・・・・。」

やがて、香を贈られた者から伊達家に礼状が届いた。



「名香を分けてくれてありがと~~。    徳川家光」


秀宗&忠宗「・・・・・・・・・・・・。(さすがパパ抜け目無い・・・。)。」

政宗は「柴舟」をごく親しい者や身内などには分け与えたようだ。
 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。

 

 

 

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→ 独眼竜政宗・異聞、目次

 

 

 

 

 

ごきげんよう!