天正18年(1590)、
南部軍の大将として津軽氏と戦っていた八戸政栄は、
三戸の南部信直の呼び出しを受け急遽帰国した。
二人はそれぞれ三戸南部氏・八戸南部氏の二大巨頭ではあるが、
家中で立場の弱い信直に、
なにかと親身になってくれたのが政栄だった。
このとき信直は、人生最大のピンチを迎えていた。
彼は思い詰めた末、政栄にこう切り出した。
信直、「八戸殿は小田原に行かれるおつもりですか?」
政栄、「…………。」
信直、「いま関東の大小名はこぞって太閤様のもとに参陣し、御沙汰を待っています。
我らも一刻も早く小田原へ行かねば後々よろしからぬことになるでしょう。
しかし参陣したくとも、津軽は騒ぐし九戸も不穏だし、領地を留守にはできない。
だからといって参礼をしないわけにも行かない。
…あなたは他の末家と違い、朝廷公家に直参するお家ですから、
一緒に小田原に行き、本領安堵されたいと思っています。
しかし我ら二人が領土を空けるわけにはゆかないのです。
だから、どうかこの地に残り、南部の土地を守っていただけないでしょうか。
御朱印を拝領する名代として、ご子息の直栄殿をお連れします。
当主のあなたが直接参陣できない理由は、私から利家様に必ずご説明します。
当家の存亡は、あなた一人の思慮に懸かっております! お願いいたします!」
政栄は少し考えこんでから、静かに語り出した。
政栄、「おっしゃる通り、八戸は三戸から一度も禄を受けたことはありません。
ですが、先祖代々不幸のあるときは互いに助け合い、家を存続させてきました。
いま九戸政実と津軽為信の反逆によって、ご領内は三つに分裂してしまっています。
こんなとき私まで太閤様に参礼したら、嫡家の威勢はさらに弱まり、
滅亡してしまうでしょう。
南部の大事に自分の家の都合のことなど申してはおられません。
私が自領とあなたの領地をお守りします。
あなたはお気遣いなく、すぐに小田原へ行きなさい。
息子は参陣させますが、
八戸の所領安堵はご領内が落ち着いてから後日願い出るつもりです。」
信直はうなだれて政栄の話を聞いていたが、話が終わるとワーッと泣き崩れた。
「八戸殿、かたじけない…。ご親切は決して忘れません。」
こうして信直は領内に八戸政栄を残し、ようやく小田原に参陣できたという。
結局八戸は大名になれなかったんだけど、
信直が八戸家を立てたので、彼の生前はまあ良好な関係だったそうな。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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