七郎兵衛の策略☆ | げむおた街道をゆく

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賤ヶ岳の戦いの折、堀秀政の陣へは、佐久間玄蕃(盛政)の進出した中しきり方面、

並びに賤ヶ岳方面より、加勢助力の求めがあった。

 

このため、秀政はすぐに兵を出そうとしたが、

これを堀七郎兵衛(利宗、あるいは道利)と云う者が、

抑えて申し上げた。

「勝家の柳ヶ瀬の陣から玄蕃の陣に向けて、

使いが切々と往来しているのを確認しました。

これは、玄蕃の行った中入から、早く引き取れと伝えているのだと考えます。
もし玄蕃が中入を引き取るとすれば、もと来た道を帰らず、

中しきりを突き抜けて帰陣しようとするでしょう。
然らば我等はこれと一戦しなければならない場にあります。
また玄蕃が引き取らないのなら、勝家が必ず、

本軍を中しきりに押し寄せて合戦を始めるでしょう。
この2つ以外の方針はありえません。

ですのでここで我が兵を分散すること無く、その節を待たれるべきです。」

「しかし玄蕃が引かず、勝家も出てこなければどうするのか。」

「その時は勝家の運がここに尽きた、という事です。」

そう言ったが、はたしてその通りとなった。

この堀七郎兵衛は、かつて明智光秀との山崎合戦の際、

堀尾吉晴の軍が天王山に駆け上がり、

秀政の軍もその後に続こうとしたのを止め、

「山上の味方は崩れるでしょう。然らば彼に続いては供崩れとなります。

別の場所より登るべきです。」

秀政はこれを聞き入れ別の場所から登ったが、はたして先手の堀尾の軍は敗れた。

しかし別場所より上がってきた堀軍が横槍を入れる形となり、大利を得た。

これも七郎兵衛の策略であった。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。 

 

 

 

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→ 名人久太郎・堀秀政、目次

 

 

 

 

 

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