武田信玄が西上州に攻め込んだ時の事。
ある山城を囲んだ信玄は、この城には井戸がなく、
どこかから水を汲み上げなくてはならない事を見抜いた。
早速周囲を調べてみると、
城の西側にある見銘寺という寺の付近に水汲み場があり、
城で働く使用人達は毎日そこから城まで、
水を運んでいるのだと判った。
それが判ってしまうと話は簡単。
武田軍は見銘寺に軍勢を入れ、
山から下りてくる使用人達を片っ端から撃ち殺してしまう。
水汲みに行った使用人が一人も帰らぬ事で、
城方も水源が武田軍に抑えられた事を悟った。
何度か決死隊を組んで水汲みを強行するも、
すべて失敗に終わった城方では、最後の策を立てる。
大力の侍三十人で、山の上の城内から、
大石を次々に見銘寺へと落し始めたのである。
大石の一つは見事に見銘寺を直撃。
武田軍は大きな被害を出して兵を退いた……と、ここまでは作戦通り、大成功である。
問題はこの後。
大石に押しつぶされた寺から出た炎が周辺を焼き、
山の上の城にまで飛び火してしまったのである。
火が漸く治まった時、後に残っていたのは焼け崩れた城の跡……廃墟だけであった。
武田軍では被害は出たものの、戦う事なく城が落ちたのは目出度い事だ。
と喜び、城方では「寺を潰した仏罰があたったのだ。」と嘆いたのだという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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