{E0D71238-A457-4D2F-867D-6AB1F972EE17:01}

めんこいテレビ8/7(金)よる7時
「新渡戸稲造の台湾」(mit制作) 

かつて鬼ヶ島とよばれた島を宝島へとかえた一人の武士に迫る台湾縦断の旅。

旅人は、天皇の料理番にも出演した城戸裕次。

BSフジは8/22(土)午後2時~ 

お笑いコンビのピース・又吉さんの芥川賞受賞が話題になっていますね!

芥川賞はもちろん芥川龍之介の文学への功績を称えて設立された文学賞です。

ところで、芥川に、新渡戸稲造をモデルにした主人公が登場する作品があるのをご存知でしょうか。「手巾(ハンケチ)」という短編です。

東京帝国大学法科大学教授の長谷川謹造先生という人物が出てきます。教育者としても名があり、留学中にアメリカ人女性と結婚したと紹介されます。

「日本の文明は最近五十年間に物質的方面では、かなり顕著な進歩を示している。が、精神的にはほとんどこれというほどの進歩も認めることができない。否、むしろある意味では堕落している。では、現代における思想家の急務として、この堕落を救済する途を講ずるのにはどうしたらいいのであろうか。先生は、これを日本固有の武士道によるほかないものと論断した。武士道なるものは、けっして偏狭なる島国民の道徳をもって目せられるべきものではない。かえってその中には欧米各国の基督教的生死と一致すべきものさえある・・・先生は日ごろから、この意味において、みずから東西両洋の間に横たわる橋梁になろうと思っている」(「手巾」より)

最後の一文は新渡戸の有名なセリフ「太平洋の橋になりたい」のことですね。

新渡戸基金の藤井茂さんの解説によれば、この「手巾」は、最初「武士道」というタイトルだったそうで、あまりに露骨なので変えたのではないかとのこと。

芥川と新渡戸の関係性はと言うと、芥川が、旧制第一高等学校時代の校長が新渡戸でした。二人が一緒に写っている写真も残っています。多くの生徒が新渡戸信者となるなか、芥川は冷ややかな目線を送っていた一人でした。

「手巾」では、一流のシニカルな表現で新渡戸を描写した芥川ですが、命を削って文学と対決した人生は、まさに武士道そのものです。その対決に敗れて35歳で自死を選びましたが、その儚さが、日本人の心を捉えて離しません。

又吉さんの「火花」。まだ読んでいませんが、芸人としての生き様が文章ににじみ出ているのだろうなと想像します。

Facebookページ「新渡戸稲造の台湾」もよろしくお願いします!



※写真は龍之介にちなんで屏東県のドラゴンフルーツ畑
{8F63FC5F-43B7-4BE9-A915-5EA5F23EE564:01}

{D2705084-8B03-4B31-980F-13527EE6E279:01}

{6BF23A0E-1C23-4BF1-9DFE-BC963143E81D:01}

世界中に残る新渡戸稲造の足跡を辿っていくめんこいテレビの「スーツを着たサムライ」シリーズ第三弾がこの夏、いよいよ放送!

「新渡戸稲造の台湾~スーツを着たサムライ2015」

めんこいテレビ
8月7日(金)よる7時~

BSフジ
8月22日(土)午後2時~

出演:城戸裕次(俳優)


アメリカで「武士道」を執筆した新渡戸稲造、37歳。彼が次に目指した土地は、台湾だった!

台湾の砂糖と新渡戸稲造が結ぶ日台の縁は、100年の時を超え、いまも繋がっている・・・


番組公式Facebookページを開設しました!毎日投稿してます。Facebook内で、「新渡戸稲造の台湾」を検索してください。いいね!よろしくお願い申し上げます。
いよいよ東海テレビさんで放映されます。

東海テレビ 今夜30日(日)深夜2:10~
日本・スイス国交樹立150周年記念番組
「ジュネーヴの星~大友啓史が迫る新渡戸稲造の精神~」

今年の初夏、映画「るろうに剣心」の大友監督が、撮影、プロモーションの合間を縫っての強行スケジュールでスイスへと旅立ちました。

1920年代にジュネーヴの国際連盟事務局で世界平和の実現に奔走した新渡戸稲造の足跡を辿るためです。

映画監督ならではの視点で、知られざる偉人の心に迫ります。

ぜひご覧ください。
願わくは
われ太平洋の橋
とならん

photo:01



新渡戸稲造さん21歳の時の発言です。

岩手県盛岡市の盛岡城跡公園(岩手公園)の二の丸跡に石碑があります。

photo:02



ポツンと置いてあって、セリフの背景など全然わかりませんので、解説が必要ですね。

札幌農学校を終わって東京大学に入学した時に外山教授との面談がありましま。その時の発言です。英文学を勉強して、東洋の文化を西洋に伝え、西洋の文化を東洋に伝えるという東西文化の交流の基点のような役目を担いたいという意味です。

盛岡城下に生まれたサムライの子が、世界の文化交流の推進役としてはばたいていくまでには様々な困難と格闘がありました。

そして、ジュネーヴで新渡戸さんの集大成が発揮されます。

大友啓史監督も、アメリカのハリウッドで2年学び、帰国後、破竹の勢いで作品を作り続けています。そして、「るろうに剣心」を引っさげて太平洋を越えました。

大友監督だからこそ見えてくる新渡戸稲造の精神をぜひ「ジュネーヴの星」で感じていただきたいです。

BSフジでの放送まであと一週間!

Facebookでも情報発信してます。

http://facebook.com/geneva.star.inazo


一人の人間がやったとは思えないほど数多くの功績を残している新渡戸稲造さん。その中でも国際連盟事務次長時代に焦点を絞り、関係する人や場所を訪ねたのが日本・スイス国交樹立150周年記念番組「ジュネーヴの星」です。

今夏、「るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編」の二部作連続ロードショーを控えている大友啓史監督に、多忙なスケジュールの合間を縫って、いや、こじ開けて番組にご出演いただきました。

おととい、テレビ東京さんのCrossroadという番組で大友監督密着200日を放送していましたが、日本全国を飛び回って撮影、講演、プロモーションなどをなさっていて本当に忙しい方です。

新渡戸稲造さんについては大友監督の故郷の偉人ということで強い思いを持っておられます。加えて、スイスという国が監督の心を突き動かしました。

今年は、スイスと日本の国交樹立150周年です。
さらには、第一世界大戦の勃発から100年という節目でもあります。

日本人にとっては、ヨーロッパが主戦場だった第一次大戦よりも、すさまじい数の同胞を失いアジア・太平洋地域にとてつもない惨禍をもたらした第二次大戦のほうに重きが置かれています。両大戦の間で、国際平和の実現に向けて活動した国際連盟のことはよく知られていませんし、ましてや新渡戸さんが事務次長を務めたこともほとんど知られていません。しかし、「国際連盟なくして国際連合なし」と言われるほど意義のある組織でした。

新渡戸さんがジュネーヴで目指したの理想や精神は何だったのか、いったい何と闘っていたのか。そんなことをジュネーヴで監督と一緒に考えながら撮影をしてきました。

スイスは、武装中立の国として長らく独立を保ってきた国です。ヨーロッパの真ん中にあって二つの大戦に巻き込まれずに済んだのはすごいことですね。日本の行く末を考えるにはとてもいい比較対象になる国だと思います。

番組公式Facebookページ立ち上げました!
http://facebook.com/geneva.star.inazo

photo:01



※写真は、レマン湖の大噴水
大分ご無沙汰してしまいました。

遂に、番組公式Facebookページを立ち上げました!

今後はこちらもご覧ください。


http://facebook.com/geneva.star.inazo


iPhoneからの投稿
東京都議会のセクハラやじ問題。

これはまじめに考えるとけっこう奥深い問題です。議会という公の場にふさわしいかどうかという点だけ見れば、良識がない、デリカシーがないと糾弾されるだけのことになりますが、それだけでは、女性の生き方の根本について女性も男性も考えが深まりません。

新渡戸稲造さんの言葉を紹介します。

「婦人の力はかくのごとき隠れた力である、そしてその力はじつに偉大なる働きをなすものである。そこで私は結論して世の男子に向かって言いたい。男子よ、われわれはとかく女の力の微妙なことを知らない、真の女の力を知る耳も目もない、われわれは鳴かぬ鶯(ウグイス)の声を聞くようにならねばならない、努めてこの婦人の力を知るようにならなければならない、と。
 私はまた女に向かって言いたい。世の中に目立つことをしてやろうとか、何々の会長になってやろうとか、あるいは運動とか、説教だとかをやってみようとか、あるいはある人の向こうをはってやろうとか、そんなことのために働いてはならぬ、それは浅薄な考えだ、そんな動機から起こったことはなんらの力もない、なぜなれば、人生のあらゆる問題の解決は犠牲よりほかならないからである」(婦人の力)

冒頭の「かくのごとき」は、ある学者の話です。妻や子供をかえりみず、宇宙の真理をつかむために読書と思索に没頭した男が、年を取っても未だ真理なんてつかめずにいました。いまはもう「お休みなさい」と言ってくれる妻も、かわいい小さな子供の足音も聞こえない。そしたらなんだか勉強する力もなくなってしまったというお話。

新渡戸さんの言う犠牲はキリスト教のニュアンスが漂いますが、そうでない人にも伝わるものです。要は、お金や名誉に執着しないで、家庭や家族や地域、国、あるいは神だったり何かに自分を捧げるということです。この力は男性より女性のほうが勝っています。女性の目に見えない力に後押しされて男子は事を成し遂げてきたのだと思います。とはいえ、志ある女性の社会進出は多いに進めてけっこうです。

社会が活力を失っているとすれば、新渡戸さんの言うように、僕ら男が女性の真の力を見過ごし、女は男性や家庭を支えることの本当の意味や力がわからなくなってしまったからかもしれません。


「苦痛を享楽できる人はほんたうの詩人です」(宮沢賢治)

photo:01



宮沢賢治と新渡戸稲造は同時代に生きて(同じ年に)死にました。

二人とも国内のみならず世界に名を馳せる(た)人です。

一般的には、現代の知名度、作品の評価度、世界的影響力において賢治さんのほうが稲造さんよりも断然高いのは言うまでもありません。

しかし、僕が思うに生き様において二人は本質的に大きな違いはありません。

「おれはひとりの修羅なのだ」

賢治さんが自身を「修羅」と呼んだこと。賢治さんは自分の掲げた理想をほんたうに実現させようと戦っていたのです。賢治さんなりに世界全体、宇宙全体の平和をつくるために、ベジタリアンになり、法華経を信仰し、農民芸術を育てようとしたり、童話を書きました。

賢治さんに「武士道」らしきものを勝手に見出だしていて、違うよと言われそうですが、関係ない訳がありません。稲造さんの「武士道」が大和魂へと近づいていかざるを得なかったように、日本人の精神性を語ろうとすると武士道に行き着きます。

賢治さんの言う「苦痛を享楽できる詩人」ってどう考えても武士です。

作品がたいして読まれていないのに(私もです)地元ではなんとなく利用しやすいキャラクターとなっている賢治さん。

一方、武士道だけ多少読まれていて、地元ではほとんど言及されないキャラクターの稲造さん。

愛国心の罠に陥らずに国際心をもつように、一人の人間として世界という土台の上にたって物事を判断する人格を育てようとして生き様。軍国主義を危険な思想だ!とはっきり指摘した稲造さん。自分の名声ではなく、自分の生き様で多くの後輩たちを育てた人物です。稲造さん本人も自覚してますよ。自後世に残るような作品は自分にはないと。でも二十年後にたった一人でも私の事を覚えていてくれたらそれでうれしいと言っています。

稲造さんが残した生き様。内村鑑三の言葉で言うなら「勇ましい高尚なる生涯」に地元の人たちがどこまで迫れるか、シンパシーを持てるのか。稲造さんの復活はここにかかっています。稲造さんのココロにほんたうに触れようとする戦士に託したいです。僕は少々勉強しすぎました。学問より実行。いや、to do よりto be を大切にしたい。

賢治さん、稲造さんは、二人とも「平和の戦士」であり、「修羅」です。

「修羅」は、8月1日公開の映画「るろうに剣心~京都大火編~」における重要なテーマの一つです。

修羅とは何か。賢治さんを先輩にもつ僕らは、もう少し深く考えてみてもいいかもしれません。