退化しすぎた脳より 

ただただ時間は過ぎていきますね。

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一杯のコーヒーから甦る記憶

研究の合間に煙草を吸いながら、コーヒーを飲む。


ふと空を見上げると冬の晴れた空が僕の目に入ってくる。


きっと僕の青と君の青では全く違うんだと思う。


まるで、違う空。


世界は空で繋がっていると思っていた青春時代。


どうにもありがちな休息のひとときが僕の記憶を甦らせる。


駐車場、河川敷、広場。


なにもかもが色褪せている。


今や煙草やお酒は、禁断の果実ではなくなっている。


そうやって僕は時間の経過を認識する。


そして、コーヒーを再び口にした。



失われた時間

知人に教えられて僕はプルーストの本を読むことにした。

失われた時を求めて。。。


何を隠そう僕は過去にとらわれ続けている。

そして過去の選択、運命を考え続けている。


過去、現在、未来。


考えてもどうしようもないということはよくわかる。


ただ、確かに人間にはこの失われた時間というものが人格形成に大きく反映する。


失われた時間。






あのときのことを思い出すだけで自分は死にたくなる。

あのときのことを思い出すだけで自分は生きていける。






時間というものは失われていく。

しかし、確かに何かが蓄積されている。

過去がなかったら、自分がリセットされたら、

こうやった生きてきた自分はいない。



過去が良かったのか悪かったのか、

それは主観と客観では大きく異なるし、

現在という状態によっても大きく異なる。



ただ、過去という自分だけの共有物は、残すことのできない遺産だ。

それだけで、自己が唯一無二なものと判断できる。

自分というものの存在を確かめることができる。



いつの日か、自分という認識さえできなくなる日がきたとしても、

それが生きるということの結果に違いない。


だからこそ、僕は生きている今だからこそ、過去を深く理解したいのかもしれない。

陰謀論

何か斬新なアイデアが受け入れられるには時間がかかる。

新しい科学はときとして、否定されうる。

それが人間世界の原理なのか。


僕がアルツハイマーの特効薬を作れば、きっと暗殺される。

僕がITの目まぐるしい技術を開発すれば、きっと逮捕される。

僕が、将来誰かを脅かす存在になれば、きっと買収される。


世の中は陰謀じみている。


金正日はフランスにきっと亡命する。


でも、それを誰かが台無しにしてしまう。


理想と現実はいつも大きく異なる。


フセインはいつのまにか死刑。


誰も何も言わない。


アメリカは石油利権を強奪する。


誰も何も言えない。


人間社会が大きく二極化される。

どういうわけか人間の世界を二手に分けたいらしい。

きっと一度どちらかに行けば、なかなかそこから抜け出すことは不可能だ。

それをほとんどの人は考えもせず、どちらかに流れていく。

僕はどっちへ流れているのだろう。


インテリはインテリの親が多い。

政治家は政治家の親が多い。



わかりやすい世の中になったんだろうか。


誰かが何かを企んでいる。


来年もきっとそれが遂行される。


陰謀。。。


陰謀。。。


あとそれは何回行われるのだろうか。

たわいもない、論争。

ドラマや映画には主役というものがある。

たいていはそうである。


ゲームもかならず主人公が存在する。

たいてはそうである。


でも、そういう時代もいつか終わりになるのだろうか。


物語の主役というものは自分とはかけ離れた人物であることがほとんどだ。

確かにそういう架空の世界にふけることは心地よいかもしれない。


しかし、物語にはたくさんの人物がいて、それらすべてのものが重々しく描かれたなら、

きっとまた違う楽しみができるはずである。


確かにそういう作品は自分と一体化できる人物が見出せるかもしれない。

でも、きっと天才でない限りそんな物語を作ることはできないのかもしれない。



心の浄化

人にはわかってもらえなかったり、言えなかったりすることを数えてみた。

五つ。

僕が数えれるものは五つある。

多いか少ないかはわからない。

僕以外の人にはたいしたことないのかもしれない。


心を浄化したい。


無。


自分は案外タフなのではないかとたびたび思う。

それも結局一人よがりなのかもしれないけれど。

勇気のないタフ。

タフなもろさ。


現実世界の生活を維持するぎりぎりの状況が普通になる。

別に死にたいわけではない。


むしろできるだけ生きていたい。


ただ、目の前の道がよく見えなくて進むのがおっくうになるだけ。


利口に生きることが苦手。


無駄な生き方が得意。


ただそれも自分の主観。


僕が、現実を克服できる日はいつくるのだろう。


他人との相違

現在、年末。

僕は学生を脱却し、予備校で冬期講習に専念している。

スーツに茶髪。

ノーネクタイ。


教えるということで、いかに他人との相違があるかがわかる。

なかなか納得できる授業ができない。

そしてあまりにも自分の価値で話をすることに対して、危険性を感じる。


これは何も講義だけにあてはまるものではない。

同じ人間は一人もいない。

共感できても、どこか違う部分があるはずで…


ただ、受験という枠での講義は多数派重視でないといけない。

それをふまえて「わかりやすく」という定義を考える必要がある。


教える立場になって、今までのたくさんの先生方に敬意を払う気にもなった。

そして、ほとんど授業に集中したことのない自分に恥じらいを覚えた。


教える人間も、一人の人間である。

それも学生の傍ら、バイト感覚でやっている自分には、未熟な部分がたくさんありすぎる。

ほんと、一つのものごとを極めるということは難しい…




魂ノ救済、求ム

ドストエフスキーも一人の人間だった。

恋をし、ギャンブルにはまり、そして信念を持った。


たとえ明日が素晴らしい日とわかっていても、

僕の心には焦りがある。

魂の叫びが僕を束縛する。


たとえ明日が来るとわかっていても、

朝目覚めたときには昨日を受け止めることに苦労する。

僕のすべては過去というものになって、新たな一歩を踏み出す。


いくら想像したって、その瞬間が来たときのリアルにはかないっこない。


そしてその瞬間というものは瞬間ではなくなる。


新しい過去が生まれる。


高層ビルの最上階で、僕は都会を思う存分見下した。

都会という組織に溶け込む僕。

必死でガン化しないように、

必死で死滅しないように、

僕は自己を修復し続ける。


救いはどこにあるかというと、

それは僕の夢の中にある。


遠く遠くありふれた自然。


僕はおもいっきり走り続けている。

不思議と呼吸の乱れもなく、

まるで機械仕掛けのようなリズムで、

大草原を走り続けている。


誰に出会うこともなく、

何を考えることもなく、

それは永遠に続いている。


そして、目を覚ます。


僕はそんなことも忘れて、

日常に溶け込む。


駅までの道をおもいっきり走る。

あたりまえのように呼吸が乱れる。

まるで不自然な乱れ方で、

僕の足は今にももつれそうになる。


それが日常という世界。


美しい世界。



脱・アイデンティティー

「アイデンティティー」
人格における存在証明または同一性。ある人の一貫性が時間的・空間的に成り立ち、それが他者や共同体からも認められていること。自己の存在証明。自己同一性。同一性
                    ~広辞苑~

昔から、僕は矛盾したことによく出くわす。
昔は、学級委員になったり、劇の主役になったり、野球で毎打席ホームランを狙ったり、強い相手ほどやる気になったり、とにかく目立ちたいという欲があったような気がする。
それとともに理想は、主役を引き立てる影の主役だと思ったりもする。バンドではベーシストだった。このポジションはなかなか味があってとてもいい経験になっている気がする。今では、目立とうという意識が皆無に等しい。

思えば、学級委員も、ピッチャーをやることも、バスケで期待されることも、僕にとって気持ちいいものではなかった。
本当は目立ちたくないのかもしれない。

ただ、人間とはそううまく成り立ってはおらず、静かな今になれると、あわただしい今を求める。

アイデンティティー。
それでも変わらない一貫性も確かにあるんだと思う。
でもはたしてそれが僕自身にとって有意義なものかどうかはわからない。
いや、むしろアイデンティティーという束縛が僕を苦しめていることもあるのかもしれない。
そして、無理やりまわりに対する自分のアイデンティティーを築き上げようとしている部分もある。

ふと、僕が何故こんな場所にいるのか疑問に感じてしまう。
昔住んでいた家にいる夢をときどき見る。
挫折した場所に残っている自分の夢をときどき見る。
立ち直った自分がいるかどうかしきりに探す。
きっと過去かららせん上につながってきている今の自分とうまく向き合っていくことができていない。

うまく生きていく秘訣を覚えて、本質的にそれは決してうまいなんてものではなくて。
全部捨てれるものなら、そう苦しむこともないのかもしれない。
きっと、失うものなんてないはずなんだけど。

ただ、人は常に変わっていくものかもしれない、よくも悪くも。

徒然

誰のせいでもなく、

日々は過ぎていく。

僕の現実は今という空間に占められ、

いつのまにか時間という架空の存在は年をとっていく。

それは僕の生命的衰えを表す尺度にもなって、

どんどん昔のようではいられなくなる。


人間はそんなことを考えつつも、

今という現実を理解してそれを理解しようとする。

ときには受け入れ難いこともあるけれど、必死で受け入れようとする。

みんな自分なりに生き続けている。

夢のマンモス

マンモスはいつよみがえるんだろう。

恐竜はいつよみがえるんだろう。

マンモスはすごく現実身をおびてきた。

ゾウの初期胚をうまく使えばクローンマンモス君ができるかな。

友人が何故人間からゴリラは生まれないのかってふざけて言ってたけれど、

これは夢のマンモスと深い関連があるかもしれない。

受精卵の核を入れ替えるとき、どの程度類縁の種まで可能かという問題が生じると思う。

いくら遺伝子があったからといって、分化、発生というおおもとになる卵がないのでは生物の誕生は難しいはずだ。

いつかは人類は種に適した受精卵を設計し、種の発生を設計するという神のような行いを手にするのかもしれない。