なんとなくな文章
セミがいた
まだ羽ばたく前のセミ
これから人生大一番の脱皮が始まる
その瞬間を前にやっと地上に出てきたセミ
彼は行き場を見失いマンションの入口でひっくり返っていた
危うく踏みかけた僕
隣にはゴキブリがじっと気配を押し殺している
そのまた隣にはでかいクモが何かを企んでいる
僕はゴキブリも逃げないほどに気配をなくして、
セミを起こしてあげる
そしてセミは何事もなかったかのようにどこかへ向かう
僕が朝起きたときに聞こえるセミの音に、
目覚めの悪い不快感を漂わせる
でもその音の中に僕は彼を見出せるかもしれない
無事どこかで成虫となった彼は
1週間の命を振り絞っていく
それは僕には味あえないひとときとなる
最高の瞬間を最高の死をもって迎えるんだ
こころはときとして自分が生命体であることを忘れる
僕もいつしか死ぬことはわかっている
わかっているのにわかっているということがよくわからない
こうしてよくわからない日常は僕に不快感と一方で快感をもたらす
僕にはあの瞬間セミをどうにでもできた
まるで彼に対して絶対的な存在であるかのように
一方で思い通りにはいかない現実が待っている
それは決してネガティブな場合のみではないが
だからこそ大きな期待と裏切りを感じる
モラトリアムな時間
それはあくまで猶予期間にすぎない
いつかはそれを乗り越える必要があることはわかっている
ただそれは社会的なものではなくて精神的なものかもしれない
セミは本能でその期間を過ぎればまだ見ぬ地上に出て行く
一度成虫になれば二度と土の中へは戻れない
二度と子どもには戻れない
こうして感傷的になって時間の経過というものに
儚さを感じていても何も始まらない
日々は確実に進んでいる
地球は確実に太陽の周りを周る
思い描く明日と描かれた今日はいつも同じとは限らない
人間は何度でも立ち止まり、そしてまた歩き出す
いくつになってもきっとそうに違いない
一つわかること
僕は23年目の夏を迎えた
諸行無常
生物の脳の進化の副産物に認識というものがある。
多少の変化があっても他者を同一人物とみなすことができる。
人間の脳の素晴らしさはこれにつきるのかなぁ。
曖昧さによって応用力を身につける。
脳だけじゃなく、生物の遺伝も同じことがいえる。
安定なものから新しいものは生まれない。
不安定要素が歴史を動かしてきたに違いない。
僕がここに到る過程でも、
不安定な時期の経験が僕の人生の糧になっているような気もする。
諸行無常。
僕のとりまく環境はずいぶん変化しました。
きっとこの先も大きく変わっていくに違いありません。
いつかの僕は、何を感じていたのでしょう。
これからの僕は、何を感じるのでしょう。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
Everything is evanescent.
ルート、オブ、ダーク
はるか彼方の暗闇で、
僕は歩き続けている。
夢中で、夢中で、歩き続けている。
君はどこからやってきたんだい?
わずらわしい過去から僕は歩き続けている。
誰も連れてってはくれない。
暗闇の中、僕は静かにその道を歩き続けている。
いや、道というもの自体は存在しない。
僕の奇跡が根となって根付いている。
混沌とした社会。
誰の目も僕には映らない。
みんな僕の存在を認めていない。
そこにある脱力感。
君はどこへ向かうんだい?
気づけば僕は歩き続けている。
もう、根っこへは戻れない。
僕はぐんぐん分裂して成長する。
同調性もなく。
協調性もなく。
それは不協和音でさえなく。
ぐんぐん栄養分を吸い取っていく。
はるか彼方にいた僕は、
今にも手が届くところにいた。
これが現実。
文字の羅列は進化にも似た感情を生みだす。
それは必然であり、偶然の結晶。
とくに、意味はない。
ただ、その空間を楽しむだけ。
君は、この空間を楽しめただろうか。
僕は、いつも空間を楽しんでいる。
感覚を。
無という暗闇から根を出した僕という存在を。
呼吸
呼吸の乱れは精神の乱れ。
僕は乱れているのだろうか。
何かとリズムを一体化するにはその対象とのリズムが一体化される必要がある。
僕は別に何も特別なものではない。
誰かと呼吸を合わせればそれがわかる。
それが他人を理解することなのかもしれない。
グルーヴ感はそうやって生まれてくるのかもしれない。
一人よがりな幻想に生きてきたこの空間。
本当の世界での僕は一人よがりなのだろうか。
いや、他者が多くのことを僕に分け与えてくれる。
そこに何か利益があるわけではない。
そこには空間を共有する空気があり、僕はそこで息を吸う。
思えば僕らは自らエネルギーを合成することはできない。
呼吸が生命を支えている。
植物は反応性の高い酸素を生み出した。
有害な酸素が生物の必須な物質となった。
毒が毒であるととらえるのはあまりにも無価値だ。
長い歴史のなかで毒の有効利用さえも人は見出してきた。
それよりもずっと長い歴史の中で生物は有毒な酸素の有効利用を見出してきた。
そしてそのエネルギーを生みだす呼吸は人にリズムを与えた。
人の可能性は無限に広がる。
何も不思議なことではない。
理論や科学さえも人間が作り出したもの。
文学や音楽が人間の上位を占めることも納得がいく。
それこそ人間たる所以なのかもしれない。
理屈では説明できない想像。
神を信じ、霊を恐れる。
リズムが刻まれば、体が震え上がる。
そこには脳以外の喜びを感じる。
そこには魂があるかのようにさえ思える。
人間は死後四グラム質量が減るという。
魂のぬけがらか…
死後の世界は僕らをあざわらっている。
そこに意識が存在するかはわからない。
死というものが恐ろしい。
何かを失うということが恐ろしい。
でもそれは人間の最大の喜びを作り出す。
恐怖に打ち勝つ勇気。
プレッシャーを克服する精神力。
他人のために身を投げる自己犠牲。
人間はよくわからない。
不完全だから。
進化の過程で完全足るものが繁栄しない理由がそこにある。
不完全な素晴らしさ。
それを他者との融合で補える素晴らしさ。
わかってくれるだろうか。
何も答えはない。
不完全だから。
僕は奇妙な世界に入り込んだ。
そこは美しい世界。
呼吸も何もいらない。
何でも望みがかなう。
はじめのうちはよかったが、
僕はだんだんと不安になってきた。
何かを手に入れれば入れるほど不安になってきた。
しかし僕に苦しみというものがない。
それさえも不安になってきた。
ためしに自分を傷つけてみた。
痛みを感じない。
僕は神になった。
そこは美しい世界。
感情を必要としなくなった。
僕は完全になった。
そこで目が覚めた。
僕はおもいっきり呼吸をした。
空間、僕の体温、僕の頭痛。
すべてが新鮮だった。
おもわず涙がでてきた。
なぜ胸が熱くなるのか。
細胞全体が震えている。
これが生きている実感か。
とても不完全は心地よかった。
僕はおもいきり呼吸をした。
チベットの僧侶に見習って
この世は儚いものです。
チベットの僧侶は何日もかけて砂で作った絵を作ったとたんに壊すそうです。
何かを失ったとしてもそれは当たり前のことなのです。
あまりにも更新する気がなくなったブログ…
思い切って今までの記事を削除しました。
煙草そしてギャンブルは僕の生活から退きました。
今はただただ今という日々に精一杯です。
そしてときどき、過去という僕の脳に蓄積されたシグナルに想いを寄せます。
研究、バイト、受験勉強。
毎日に追われています。
このままただ年をとっていくのかと思うと焦りもでてきます。
大人になり自分というものが出来上がりその自分をなかなか受け入れられない自分がいます。
でも結局自分が好きで特別扱いしたくなったりします。
僕は無信教ですが、チベットの僧侶を少し見習おうと思います。