鉄創のブログ

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鉄創:読み方がてつさく(tetsusaku)です。

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誰の為のサービスか。
誰の為にするか。
目的は何か。

よく見失う。

これは日々の生活においても同じことが言える。

誰の為というのを見失うと判断基準に狂いが生じる。
全て自分の為と言えば結果自分に返ってくることになる。

しかし、直接自分自身に結果を繋げるのか他者を経由して自分に繋げるのかは大きな違いと僕は考える。

だから誰の為。
目的を重きに置く。

そこに感情や経験が一番にくると創造ではなくなる。

僕達は創造し続けることに意味があると考える。
想いが交差する。
すれ違いではない。
交差である。
突き詰めれば互いに交わる点が必ずある。
交わる点をお互いが見つけることで生まれる安心感。
見つけられなければ嫌悪感。


よく変わっている。変人と言われることが多い。
大多数の一般的と言われる観点からみるとそうであると思う。

この大多数とは一体??
大多数が賛成だから正解。反対だから不正解。
疑問しかない。

周囲の意見に合わせる人も大多数派の中には存在する。

自らの意見を素直に主張できるような環境。これこそが一番重要だ。
こんな意見をいうと自分がおかしいと思われるのではないだろうか。たくさんの不安が募るから周囲と意見を合わせよう。
そこまで周囲は何も感じないことがほとんどだよ。
それは周囲に合わせる人が多いから何も感じない。
黙っている。
人に合わせる。
ここから生み出せるものはない。
唯一あるとすればトラブルに繋がるだけ。
今見えていないくても大きくなってトラブルとして目に見えるようになる。
このような経験をしたことはありませんか。

まずは伝える。
伝わらなくてもいいから言葉にする。

伝わらなかった時に別の方法を考えればいい。

伝えるのが苦手ではない。
伝えようとしないだけ。
だから一つだけ変化をつけよう。

自分の言葉で話す。

一言だけでも。

それだけで世界は変わる。
一つの行動が無限の結果に繋がる。

道を選択することが恐怖で選択することができないから同じ道を行く。

不安。

その恐怖はどこからきますか。

自分自身の常識やこうであるべきという拘り。

恐怖は自分自身の思考が創りだした幻想にしかすぎない。

そう、誰しもが創造者である。

だから人は幻想と戦い苦悩し苦戦する。

それをごまかすかのように他者を攻撃する。

攻撃するから反撃される。

人は同じではない。

だから恐怖が生まれる。

自分とは違うから。

それなら全てを受け入れればいい。

方法なんて一つじゃない。無限にあるのだから。

人を攻撃する方法を選択するのではなく、受け入れ流れる方法を選べばいいだけである。

幸福は自分自信で創り出した幻想に沿って生きることではなく、ストレスから解放されることである。image1.JPG