つづきの前に
最終章の後に、次の章がどう来るか?の問題だが、それよりなぜ最終章でひとまず筆を措くことにしたのか明らかにしておきたい。
訳が分からないのは生まれたところからだが、解っていることを分かりにくく書くことをテーマにして今日までやってきた。「一語百解」である。雑多な有り余る教養の一端をひけらかすことに、情熱を傾けている。ところが、最も大事なテーマを選ぼうとして驚いた。日本語にはそれが殆ど見当たらない、無い、といってもよい。『脳』はOH!NOである。「脳」の語が入る熟語も成句も出てこない。一瞬(ほんの)わが脳を疑ったが、間違いなく何かの間違いのように影を潜めている。で~てこい!でてこい・・・
正体不明、実体としてはせいぜい「脳みそ」として、腐りかけの得体のしれない物体として存在しているにすぎない。だから(かどうか)僅かに「洗脳」という熟語があって、脳は、洗濯してからでないと使えないものかもしれない。ほかに、「脳タリン」というのは、ジェネリック薬の名称かユーロ圏から来た野菜のニューフェースかのようで、「脳ルス」に至っては、全く不在ではないものの、出稼ぎ中で家族には偶に送金だけはしているという華僑のようなものかもしれない。一体『脳』とは何者か?
〈タリン〉のは無いわけではないので、誰しも首の上に乗っけている重たいものを持っているだろう。でなかったら前と後ろの区別がつかなくて、チャンの背中が見分けられなくなる。この件に関しては、要するに足りない部分と余った個所とが粒子と反粒子の関係で、余分が全部腹の方に寄っただけの現象であろう。では、ルスというのは?せんじて呑めば事態は深刻。ホンマにルスかぁ?あぁ、空き家ではどうもならんなぁ!地上げ屋の嘆息が入る、というところでまたまた図々しくも15章から続編を上梓?することになりました。ルス家族(拉致家族もともに)呼び戻しになるのかどうか、必死のところです。どうぞよろしく・・・
tetsuou再拝