フランクフルトからおよそ95キロ、片側3~4車線のアウトバーンなどを経由して1時間ちょっと、3時過ぎ頃にハイデルベルク到着。
行程表では、ホテルに直行し、その後フリータイムのはずだったのに。
「せっかくですから、ハイデルベルク城に立ち寄りましょう」
添乗員さんの一言で、予定になかった観光の時間がまた。
え~、こっちは汗まみれで、一刻も早くシャワーを浴びたいのに!
ネッカー川を見下ろす丘に立つハイデルベルク城は、プファルツ選帝候の居城であったが、ルイ14世軍によって破壊されて以来、半ば廃墟のような姿をさらしている。
しかし、城門も城壁も、なかなかに壮大な造り。
ケーブルカーもあったのだが、動いてるかどうかよくわからず、みんなでゆるゆると坂を登っていった。
確か名物の大樽も見たはずなんだけど…。
暑くて、よく覚えていない。
いつしか一行とはぐれて、芝生のベンチでひと息いれる。
でも、この街も今日はかなり気温が上がったのだろう。
ゴミ箱には清涼飲料水の缶やアイスクリームの空のカップが盛り上がり、その上を蜂がせわしなく乱舞する。
ここも落ち着かない。さっさとバスに戻ろう。
ところが、バスの中も蒸し風呂のような暑さ。
ずっとエンジンを切っていたんですね。
さすが、環境保護を徹底しているドイツらしいといえばそれまでなのだが、日本の観光バスのようにお客さんが戻る頃合いを見計らって、あらかじめ冷房を入れておくということはしない、ということか。
結局ホテルに着いたのは4時30分過ぎ。
駅も、旧市街もそんなに遠くない街なかに位置する小さめのクラシカルなホテル。
ロビーは20人も入れば、ホントにすし詰め状態。
我々夫婦は階段に腰かけ、添乗員さんの話を聞いていた。
「3」で始まるのに、4階の部屋。
二重扉のような構造で、カギの扱いにはほとほと苦労させられた。
室内は予想に反し、白を基調とした感じで明るく、むしろモダンな感じさえした。早速バスルームへ。
しかしバスタブ(ご丁寧にガラス戸付き)はあっても、なぜか石けんがなかった!?
テレビは確かSABAというメーカー製で、CNNも含め、多くのチャンネルをカバー。番組表もあった。
少し眠り、7時過ぎに夕食を食べるために外出。
やや薄暗くなりかけた中、路面電車の写真を撮る。
旧市街の通りは歩行者天国として整備されていて、多くのショップやレストランが軒を連ねている。
さすが学生の街、書店が多いなとは感じたが、結構店が閉まってるところが多く、これも閉店法とやらの影響だろうか。
まだ24時間も滞在してないのに、いろいろな"ドイツらしさ"を、体感したような気がする。
さて何を食べようかな。
迷ったあげく、お魚のマークが目印のファーストフードっぽい店へ。
でも、こういった店でも最低限、オーダーのために会話を発しなければいけない。
自慢じゃないが(いや、自慢してはいけないが)私はドイツ語をまったく勉強したことがないので、ここは、大学でちょっとはかじってるはずの相方に任せようと思って。
ところが、片言の英語で、なんとか注文ができたのだ。
シーフードサラダ8マルク、パエリア10マルクちょっと、そしてコーラ2つで、しめて2人で25マルクほど。
そんなに安くないか。
この夫婦はその数日後、今度はパリから50キロほどしか離れてない郊外の街で、英語が通じず身振り手振りでサンドイッチを注文しなければならない事態に陥ってしまった。
今度は私がフランス語担当のはずだったが、この時の私、かの地の言葉は忘却のはるか彼方。
これが2004年に、再びパリを訪れる前に少しはフランス語をやっておかなくちゃと思って、あわててラジオ講座のテキスト購入&録音に至ったきっかけであった。
う~ん、夫婦揃って語学が大の苦手だが、お酒のほうもあまり得意じゃないなあ。
せっかくのビール日和(?)で、あちらこちらのビアガーデンではたくさんの人が気炎を上げていたのに、我々はコーラ飲んだだけで、ホテルへ直行してしまった。
もったいないという声が、どこからともなく聞こえてきそう。
9時近くになっても、しらじらと明るいヨーロッパの真夏の夜。
しかし、ドイツ最初の夜に、まさか、熱帯夜を経験しそうとは。
もちろん部屋には冷房など付いてない。
「少しだけならいいだろう」と、ダンナはほんの少し窓を開けておいた。
え、ここは低層階だし、かりにも外国だし。大丈夫なのかなあ。
それでもさすがに疲れていたので、10時頃には眠りに陥ってしまった。
ふと、目を覚ますと、不意に雨音が!
あわてて、窓を閉め、また眠りについた。