香港のシンボル、濃い緑がベースの2階建てトラムは元祖「広告電車」として昔から知られていることは、香港に行ったことがない人でもご存じの人も多いだろう。ことに日本企業の広告が傑出しており、かつてはお椀マークの「味の素」や、日清食品「出前一丁」の電車など、むしろこれが標準塗装ではないかとの勢いがあったものだ(余談だが、広告が何も書かれてない"緑一色"のトラムもこの目で確認した)。
今回、私は日本のエアラインの広告電車に注目。JALは、大阪をPRした車両を発見。「不可思議非凡的城市」なんて、香港の人の興味をひいたのでしょうかね。一方、ANAの電車は、スターアライアンスメンバーであることや、毎日東京に2便、大阪に1便が運航されていることなどが書かれていたようですが、ちょっとあっさりしすぎてる感も。なおJALのほうは、ほかに鹿児島PR車両も見かけました。
しかし最終日の午前中で、2階建てトラムは楽勝で踏破できるさ、と思っていたのが、いかに甘い考えだったか。確か運転系統は5種類あって、西端の堅尼地域(ケネディタウン)-東端の肖箕湾(シャウケイワン、肖は正確には、上にたけかんむりが付く)まで1本の電車で行くことはまず不可能。しかも九廣鐵路みたいに、競馬場のあるハッピーバレー駅を経由する区間もあって、乗り継ぎもそんなに良くないし、何しろスピードがゆっくりなので、「15時30分発の飛行機に乗らなきゃいけないんだけど…」と考えると、挙げ句の果てにイライラしてきたりする。
乾物屋が軒を並べる通りを、のんびり二階席から眺める…優雅に思えそうだが、心中穏やかならず。まさに「アセアセ」気分だったのだ。
ところがこの日の午後、さらにアップした「アセアセ」気分を味わうことになるとは!

トラムは結局、タイムアウトにつき「完乗」を断念。ホテルに戻って大急ぎでチェックアウトを済ませ、もちろん昼食はとらずに、13時25分頃発のエアポートバスに乗る。
「最終日の午前中はちょっと曇りがちだったけど、そのほかは概ね快晴に近い好天。私ってなんて晴れ女なんだろう。まあ、今回乗らなかったMTR東涌(トンチュン)線も含めて、次回乗らなきゃならないところは、たくさんあるけどね…」
空港には14時5分頃着。チェックインはすぐ済ませたものの、その後のお土産探しに時間がかかり、出国審査場に着いたのは15時頃。ところが、これがものすごい長蛇の列! 折しも、当時香港では「SARS再流行」のおそれが報じられていた時期で、健康状態の問診票を自己申告で書かなきゃならず、それを書いてない乗客、または記述に不備があって係官に聞かれてる人、逆にどう書けばいいか質問してる人などがあまりに多く、あらかじめ書いていた私もそのあおりを喰らい…行列から解放されたのはなんと15時20分。いや、15時30分発のNH910便が出る34番ゲートは、もう閉め切られてる時間ではないか!!
さあ、34番ゲートを目指して一所懸命走ったけど、これが遠いの何の。途中、シャトルのような乗り物に乗り「これも軌道系の車両といっていいの?」なんて考えたけど、乗り心地をゆっくり味わうヒマなんてなし!
「お客様のお呼び出しを申し上げます…」ああついに、私の名前を呼ぶ日本語のアナウンスまで聞こえてきた(もちろんこんな経験は、国内外通じて初めて)。やっと視界にゲートが入ってくるやいなや、トランシーバを持った空港スタッフに叱咤されながら「ご飯食べてないんで、お腹が空いて走れないよ~」なんてとても言えない雰囲気のまま、やっとゲートをくぐり、文字通り走って機内へ。機内の乗客が一斉に私のほうを見る視線の痛かったこと!
席について、ベルトを締めると同時に、飛行機がボーディングブリッジから切り離され、バックし始めた。この時、15時31分。

機内の乗客は「だいぶ遅れたじゃないか」と思っていた人も多かったろうが、実は、飛行機の「出発時刻」というのは離陸(テイクオフ)の時刻ではなく、この「飛行機のドアが閉まり、車止めを外され動き始めた」時刻を指すので、実際は定刻よりわずか1分遅れ。確かプラマイ2~3分が「定時出発」とカウントされるはずなので、あの時の飛行機は「ディレイ」にはならなかったはず。ふう、こんな時に、もと航空雑誌編集者ならではの知識がいかんなく発揮されるなんて(^_^;)
ちなみに「到着時刻」は文字通り、滑走路に飛行機のタイヤが接地した着陸(ランディング)の時刻を指す。総じてみれば、航空会社に都合がいいように設定されていることがおわかりになるだろう(しかし公式には、着陸した飛行機が地上走行の後、スポットに入り完全に停止した時刻が到着時刻と規定されているようだ)。
それにしても、こういう知識をご存じのはずの客室乗務員さんまで、私を見る目が冷たいような気がして、いたたまれずに普段は利用しない機内販売にて、香水と「TAKE OFF」カレンダーを買ってしまいました。「TAKE OFF」カレンダーはその後しばらくの間、毎年購入することになったけどね。


*記事の内容や情報は、2003年12月当時のものです。

順番は前後しますが、この14年後になんとか「リベンジ」を果たした記録は「番外編-2017年香港鉄道旅」としてすでにアップしています。