生まれて初めての、「駅寝」体験。
なんともいえない雰囲気のなかでまどろみ、5時半頃にプラスチック椅子の床を離れて外を見に行くと、帯広駅周辺は、横殴りの雨に襲われていた。
半袖に身を震わせながら、駅の案内に目を凝らす。
すでに根室本線上りは「狩勝2号」「おおぞら2号」「狩勝52号」の運休が決定していた。まともに動いているのは根室本線の短距離普通列車と南北に出ている士幌線、広尾線のみ。さらに根室本線の御影-十勝清水間で土砂崩れが発生し、復旧の目処が立たないとのこと。「ウソ! せめて『おおぞら4号』が動いてくれれば、それが今日じゅうに倶知安に着くことができるギリギリの列車になるはずのに」そう、その日の宿は、倶知安にあるユースホステルを予約していた。無理なのか。キャンセルをしなければならないのか。
朝食は早ばやと6時頃。駅構内の食堂で、三平汁定食(500円、さらに乳酸菌飲料1本サービス)、食後にはよつ葉のコーヒー牛乳(70円)を摂る。
待合室のテレビからはひっきりなしに、大雨の情報が流れてくる。岩見沢、美唄、札幌、滝川、深川、旭川といった道央地方を中心に、浸水の被害が出ているようだ。
乗りつぶしで訪れたばかりの地名が、悲惨なニュースの舞台になっている。
8月2日。私が行った時はとてつもなく晴れ上がっていた岩見沢。
8月3日。この日は曇りだったが、まさかここまで降るとは思ってなかった札幌や滝川。
同じく8月3日。雨こそ降ってはいたが、そんなに雨脚は強くなかった旭川。
これらの都市が、豪雨の猛威にさらされている。それにしても、昨日、晴れ間さえ見えていた網走や北見で私が街歩きを楽しんでいた頃、同じ道内では…。
そして、今いる帯広のある十勝地方にも、大雨洪水警報が発令されたとの報せ。決して人ごとではなくなった。こんなときに一瞬、「名物のホワイトチョコをこの機会にでも買っておこうか」なんてのんびりした考えが浮かんだのもヘンだが、とにかく一刻も早くダイヤが回復することが、最大の願いであることに変わりはない。
テレビは同時に、私の実家のある岩手県に、台風12号が接近していることを報じていた。
時間が経つにつれ、鉄道関係だけでも被害が拡大していることが明らかになる。
やはり8月2日に晴れていた苫小牧も大雨で、室蘭本線と千歳線が全線不通。函館本線も滝川-小樽間不通。日高本線ほか、道央にある各ローカル線もことごとく全線不通。さらにとどめを刺したのは、あてにしていた「おおぞら4号」の運転取りやめのニュースだった。
覚悟していたとはいえ、ショックは隠せない。確実にスケジュールは一日以上狂ってしまった。とりあえず倶知安のユースへ予約取り消しの電話を入れるが、110円かかったとメモにあるのは、大雨のなか、電話がかかりにくい状態にあったのだろうか。
それより何より、今はカゴの中の鳥よろしく、帯広の駅に閉じこめられている状態。待合室と駅の中の店舗を行き来するしかなく、ステーションデパート内の本屋で漫画を読んだり、階上にあるレストランでオムライスとクリームコーヒー(コーヒーフロート)計800円の昼食を奮発したり…こうしてその日の午前中は過ぎた。
午後になって状況が好転するわけではなく、むしろさらに不通区間が増える有様。これも二日前に乗ったばかりの札沼線は、ほぼ冠水状態。待合室とステーションデパートの往復にも飽きが来て、こうしても始まらん、今日こそは駅寝を避け、どこかの宿に身を移さねばと思っても、おそらく帯広のユースは満室であろう。すでに待合室の人間は大半が雨の中に飛び出し、駅に代わる今夜の寝床を探しているようだ。
そういえばあの、士幌線の糠平にあるユースホステル。あそこなら泊まれるのではないか。確か士幌線は動いているはず…と思ったら、なんと上士幌より先は不通とのこと。山懐に抱かれたダム湖のほとり、小さな温泉街にあるあのユースにさえ、足を延ばすことはできないのだ。
ここでなぜか計算用紙(110円、用途不明)と、念願だったホワイトチョコ(120円)を買い、ダメモトで帯広のユースへ電話。連夜の待合室宿泊からなんとしても逃れたい一心であったが、受話器の向こうからは「ロビーに寝ることになるかも知れない」と。一瞬ためらったが、ええい、曲線椅子三個分に横たわるよりは、硬くても平らな床のほうがずっと寝やすいはず。結局快諾をした。何より、満員で断られることも覚悟していただけに、駅を脱出できるだけでもありがたかったのだ。
二日間履き続けているスニーカーとジーパンを、ずぶ濡れにして駅から歩いていける場所にある宿へ。早速洗濯だ、と意気込んだが、洗濯は外のコインランドリーで、ということで再び雨の中へ。大型洗濯機の使用料は300円、乾燥機込みで500円以上が吹っ飛んでしまったが、さすがに乾燥機の威力はすごく、ややもすると生乾きのまま衣類を持ち歩かなければならない道中にあって、あらためて干す必要がないほどフカフカに乾いてしまった。相変わらずの雨模様、洗濯物だけがいち早く日だまりの温もりを伝えてくれた。
コインランドリーのテレビにも、豪雨の被害の模様が映し出される。死者2名、行方不明者3名、けが人多数。床上床下浸水の家屋や、水に浸かった田畑も数知れず。
この北海道の旅では、一部を除き暑いくらいの陽気のなか各地をまわることができたが、その暑さこそが、今回の荒天の前触れであったかもしれない。不通線区も増えるばかりで、横綱昇進凱旋も兼ね里帰りしているはずの千代の富士関も、なんだか気の毒に思えてくる。
床に寝るとばかり思っていたら、正規に予約した人たちから多数のキャンセルがあり、結局はちゃんとした客室の、もちろんベッドに身を落ち着けることができた。しかしその一方で、同じ客室でもベッドが足りず床に寝る子がふたり。さらには、男子五十人以上が食堂、女子でも四人が「私が寝るはずだった」ロビーに寝ることになったらしい。予約のタイミングの差で、このように振り分けられたとの話だが。
入浴中にミーティングが行われたらしく、ほかの人とはほとんど没交渉。10時半頃、久々のベッドでの就寝と相成ったが、消灯を急かしたユースのほうが、その後もずっとイージーリスニングのBGMを流し続けていた。
国鉄駅より安く、150円で売られていた「愛国-幸福」のきっぷ。松山千春の名前が、堂々と太字で載っていた地元の電話帳。わずかな滞在の間にユースでは、このようなものも見かけた。
なんともいえない雰囲気のなかでまどろみ、5時半頃にプラスチック椅子の床を離れて外を見に行くと、帯広駅周辺は、横殴りの雨に襲われていた。
半袖に身を震わせながら、駅の案内に目を凝らす。
すでに根室本線上りは「狩勝2号」「おおぞら2号」「狩勝52号」の運休が決定していた。まともに動いているのは根室本線の短距離普通列車と南北に出ている士幌線、広尾線のみ。さらに根室本線の御影-十勝清水間で土砂崩れが発生し、復旧の目処が立たないとのこと。「ウソ! せめて『おおぞら4号』が動いてくれれば、それが今日じゅうに倶知安に着くことができるギリギリの列車になるはずのに」そう、その日の宿は、倶知安にあるユースホステルを予約していた。無理なのか。キャンセルをしなければならないのか。
朝食は早ばやと6時頃。駅構内の食堂で、三平汁定食(500円、さらに乳酸菌飲料1本サービス)、食後にはよつ葉のコーヒー牛乳(70円)を摂る。
待合室のテレビからはひっきりなしに、大雨の情報が流れてくる。岩見沢、美唄、札幌、滝川、深川、旭川といった道央地方を中心に、浸水の被害が出ているようだ。
乗りつぶしで訪れたばかりの地名が、悲惨なニュースの舞台になっている。
8月2日。私が行った時はとてつもなく晴れ上がっていた岩見沢。
8月3日。この日は曇りだったが、まさかここまで降るとは思ってなかった札幌や滝川。
同じく8月3日。雨こそ降ってはいたが、そんなに雨脚は強くなかった旭川。
これらの都市が、豪雨の猛威にさらされている。それにしても、昨日、晴れ間さえ見えていた網走や北見で私が街歩きを楽しんでいた頃、同じ道内では…。
そして、今いる帯広のある十勝地方にも、大雨洪水警報が発令されたとの報せ。決して人ごとではなくなった。こんなときに一瞬、「名物のホワイトチョコをこの機会にでも買っておこうか」なんてのんびりした考えが浮かんだのもヘンだが、とにかく一刻も早くダイヤが回復することが、最大の願いであることに変わりはない。
テレビは同時に、私の実家のある岩手県に、台風12号が接近していることを報じていた。
時間が経つにつれ、鉄道関係だけでも被害が拡大していることが明らかになる。
やはり8月2日に晴れていた苫小牧も大雨で、室蘭本線と千歳線が全線不通。函館本線も滝川-小樽間不通。日高本線ほか、道央にある各ローカル線もことごとく全線不通。さらにとどめを刺したのは、あてにしていた「おおぞら4号」の運転取りやめのニュースだった。
覚悟していたとはいえ、ショックは隠せない。確実にスケジュールは一日以上狂ってしまった。とりあえず倶知安のユースへ予約取り消しの電話を入れるが、110円かかったとメモにあるのは、大雨のなか、電話がかかりにくい状態にあったのだろうか。
それより何より、今はカゴの中の鳥よろしく、帯広の駅に閉じこめられている状態。待合室と駅の中の店舗を行き来するしかなく、ステーションデパート内の本屋で漫画を読んだり、階上にあるレストランでオムライスとクリームコーヒー(コーヒーフロート)計800円の昼食を奮発したり…こうしてその日の午前中は過ぎた。
午後になって状況が好転するわけではなく、むしろさらに不通区間が増える有様。これも二日前に乗ったばかりの札沼線は、ほぼ冠水状態。待合室とステーションデパートの往復にも飽きが来て、こうしても始まらん、今日こそは駅寝を避け、どこかの宿に身を移さねばと思っても、おそらく帯広のユースは満室であろう。すでに待合室の人間は大半が雨の中に飛び出し、駅に代わる今夜の寝床を探しているようだ。
そういえばあの、士幌線の糠平にあるユースホステル。あそこなら泊まれるのではないか。確か士幌線は動いているはず…と思ったら、なんと上士幌より先は不通とのこと。山懐に抱かれたダム湖のほとり、小さな温泉街にあるあのユースにさえ、足を延ばすことはできないのだ。
ここでなぜか計算用紙(110円、用途不明)と、念願だったホワイトチョコ(120円)を買い、ダメモトで帯広のユースへ電話。連夜の待合室宿泊からなんとしても逃れたい一心であったが、受話器の向こうからは「ロビーに寝ることになるかも知れない」と。一瞬ためらったが、ええい、曲線椅子三個分に横たわるよりは、硬くても平らな床のほうがずっと寝やすいはず。結局快諾をした。何より、満員で断られることも覚悟していただけに、駅を脱出できるだけでもありがたかったのだ。
二日間履き続けているスニーカーとジーパンを、ずぶ濡れにして駅から歩いていける場所にある宿へ。早速洗濯だ、と意気込んだが、洗濯は外のコインランドリーで、ということで再び雨の中へ。大型洗濯機の使用料は300円、乾燥機込みで500円以上が吹っ飛んでしまったが、さすがに乾燥機の威力はすごく、ややもすると生乾きのまま衣類を持ち歩かなければならない道中にあって、あらためて干す必要がないほどフカフカに乾いてしまった。相変わらずの雨模様、洗濯物だけがいち早く日だまりの温もりを伝えてくれた。
コインランドリーのテレビにも、豪雨の被害の模様が映し出される。死者2名、行方不明者3名、けが人多数。床上床下浸水の家屋や、水に浸かった田畑も数知れず。
この北海道の旅では、一部を除き暑いくらいの陽気のなか各地をまわることができたが、その暑さこそが、今回の荒天の前触れであったかもしれない。不通線区も増えるばかりで、横綱昇進凱旋も兼ね里帰りしているはずの千代の富士関も、なんだか気の毒に思えてくる。
床に寝るとばかり思っていたら、正規に予約した人たちから多数のキャンセルがあり、結局はちゃんとした客室の、もちろんベッドに身を落ち着けることができた。しかしその一方で、同じ客室でもベッドが足りず床に寝る子がふたり。さらには、男子五十人以上が食堂、女子でも四人が「私が寝るはずだった」ロビーに寝ることになったらしい。予約のタイミングの差で、このように振り分けられたとの話だが。
入浴中にミーティングが行われたらしく、ほかの人とはほとんど没交渉。10時半頃、久々のベッドでの就寝と相成ったが、消灯を急かしたユースのほうが、その後もずっとイージーリスニングのBGMを流し続けていた。
国鉄駅より安く、150円で売られていた「愛国-幸福」のきっぷ。松山千春の名前が、堂々と太字で載っていた地元の電話帳。わずかな滞在の間にユースでは、このようなものも見かけた。