私が起床したのは6時頃だが、同室の人たちはこぞって、5時くらいにはゴソゴソと身支度をしていたようだ。フェリーで利尻・礼文に渡る人が多いためだろうか。
 霧のかかった最北の地の朝。食事はロールパン、ゆで卵、サラダ、紅茶と、なぜかこういうメニューでもユースホステルではリッチな気分が味わえるもの。やはりバターが美味しく、MILKLANDの牛乳と一緒に、パンもおかわりをしてしまう。
 このユースで印象深いのは、館内に流れている音楽。はじめはジャズが続き、きっとジャズばかりかけているのだろうと思っていたら、立て続けに「シンデレラ・サマー」「いまの君はピカピカに光って」「スカボロー・フェア」「君は天然色」「チャンチキおけさ」などが流れ、なんじゃこの選曲のセンスは!? とビックリしてしまった(当時のヒット曲もあるが、まったく知らないという人は、ぜひ検索を)。
 8時過ぎると空が晴れてきた。ほかの人と違って私の今日のスケジュールは、まったりモード。何しろ9時30分出発でも楽勝だから。ところが9時になり、早稲田大学の応援歌が突如響き渡り、掃除が始まるのだとか。手伝おうかとも思ったが、引きずられて列車に乗れなくなるかもしれなかったので、ここでユースを後にすることに決めた。

 南稚内駅でスタンプを押し、一両でやってきた天北線に乗り込む。宇遠内乗降場-声問駅あたりで、前日とは違う青い海が見える。海が見えなくなると、今度は前日の宗谷本線のように、はるばると原野が続く。樺岡駅の「樺」は白樺の「樺」なのだろうか。見事な白樺林が車窓に見える。
 白樺や牛に見入っているうちに、曲淵駅でいったん山あい。小石駅を過ぎてまた平原へ。猿払駅の手前で、湖のような二つの沼が見える。「飛行場前」乗降場からは、残念ながら飛行場らしきものは確認できなかった。
 安別乗降場で目にしたのはクッチャロ湖。意外と大きく、湖面は青というよりは紫に近い色に輝いていた。右目の痛みを鎮めるために少し目をつぶっていたら、ほどなく下車駅の浜頓別に到着。
 ここからは、7月26日に踏破した興浜南線と対のような関係にある興浜北線に寄り道。お察しの通り、南と北はひとつになるつもりで開設されたが、結局は未成線のまま役目を終えた両線である。

 一両の北見枝幸行ディーゼルカーは、しばらくは広い原野の中をひた走っていた。頓別乗降場を過ぎて、遠くに海。ここまで潮の香りが強烈に漂ってくる。
 一面の黄色い小さな花畑。豊牛駅にもカラフルな花々が、今を盛りと咲いている。ちょっと道路に目を移すと、四台の乗用車が赤、黒、緑、クリーム色の順番に走っている。やがて黒、クリーム、赤、緑の順に変わったが…。
 海が近づき、冷たい潮風を窓からダイレクトに浴びる。駅名表示板が可愛らしい豊浜乗降場。列車は斜内駅を過ぎて、前方に立ちはだかる山のきわを怖々と進んでいく。すぐ眼下に、岩浜と透き通ったエメラルドグリーンの海原。目梨泊駅のあたりの砂浜はひょっとして、日本最北の海水浴場なのだろうか(注:実際はもっと北にも存在する)。
 豊浜の表示板と同じ形の山臼乗降場のそれを見て、海からまた離れて問牧駅。そして浜頓別を出発してから45分ほどかかって、北見枝幸に到着した。
 住宅地のなかにある、静かなたたずまいの駅舎でスタンプを押し、7分後に出る折り返しに乗る。世が世ならこの北見枝幸駅は、興浜南線と結ばれるのみならず、美幸線を通じて、宗谷本線へも直通できるいっぱしの交通の要所になっていたはずであるのだが。
 この線は海側がやはり見ごたえがある。往路の左に続き、復路では右サイドの車窓をまた注視。目梨泊には、ピンク色の花が多かったなあ。

 浜頓別での乗換時間は6分。スタンプを押して天北線の残存区間に乗るべく、急行「天北」へと急いだら、なんとこの列車は超満員。通路もすべて、人と荷物で埋まり身動きが取れないほど。昼食を買うヒマもなく、混雑のなか通路に立ちっぱなしというのは、本当に辛い。沿線観察の余裕もなく、宗谷本線に合流する音威子府駅でやっと、150円のチョコレートが買えたくらいであった。
 その後は文庫本を読みながら、二両増結の名寄でやっと座席に。つぶつぶオレンジジュース(100円)で喉を潤し、ウトウトしかけながら、16時57分に旭川到着。
 苦行の時間はあったが、この日は比較的ゆったりとしたスケジュール。ここ旭川にあるユースホステルに、一夜の宿を予約していたのだ。

 暑さが残るなか、まずは西武デパートに入ってみる。東京の池袋や渋谷にある同百貨店と、ほぼ同じような品揃えであることにホッとする。
 そういえば北海道の地元民も、東京と同じようなファッションに身を包む人が結構多いと、感じ始めてはいた。当時の流行であった「ハマトラ」も、数は少ないがいる。旅行者のほうがかえって地味目のものを着ているくらいだ。
 そう、ユースホステルへ向かうバスが出る駅前のバス乗り場には、そんな重いリュックを背負った、いかにもユースへ行くといういでたちの男女が列を成している。同じような格好の自分が加わるのはちょっと気恥ずかしい。もう少し買い物を楽しもうか。
 次は長崎屋。ここでジーンズのショートパンツが500円という、破格の値段で売っていたことにビックリし、思い切って買い求める。
 その後は西武の隣のams(アムス)へ。池袋における、西武とパルコの関係のようなものだろうか。雰囲気もパルコに似ていた。ここでは三省堂書店で、「数学のおもしろさ」(850円)を購入。なぜこの本を? と思うだろうが、これは当時、大学一年目の教養課程で選択した数学の授業で、夏休みに読む本として指定されたものだったから。そろそろ、休みが終わった後の勉強のことも考えなければならなかった。
 それにしても旭川には存外に大型商業施設が多い。前述の長崎屋、西武、amsのほか、丸井今井、マルカツ、OKUNOなどなど。そして日本初の歩行者天国ともいわれる、平和通買物公園沿いにも専門店が連なっている。

 一時間くらいで駅前散策を終え、結局はリュック姿の行列に並び、ユースホステル行のバスに乗り込んだ(110円)。終点はもう、自然がいっぱいの都市郊外。喫茶店兼営のユースは、スキー場のリフトがむき出された山を背後に抱えた場所にあった。
 すぐ食事にしたが、いやあ暑いの、暑くないのって! ご飯、みそ汁、お茶以外に熱いものはなかったのだが、それでも気持ち悪いほど次から次へと汗が噴き出し、止まらない。風呂で汗を流そうと思ったが湯がぬるく、熱い湯に浸かった後の爽快感を得ることもできず。タンクトップと、買ったばかりのショートパンツに着替え、80円のコーラで必死に凉をとろうとする。
 ミーティングには途中から参加。ペアレントさんの話の後に「おお牧場はみどり」「スキーの歌」「宗谷岬」などをみんなで合唱。コーラの後はかえって喉が渇き、今度は水に手を伸ばす。一挙に三杯も流し込んでしまった。
 同室の人たちがおしゃべりに興じている間、私は買ったばかりの数学の本に目を通していたが、やはりこれは強力な睡眠薬になったようだ。いつの間にか眠ってしまう。
 旭山動物園の人気で、現在(2008年)は市名よりも「旭山」のほうが名が通っているんではないかとも思われる旭川。とにかくこの日は暑くて暑くて、気象官署の置かれている都市の中で、日本最低気温を記録した街と同じところであるとは、にわかには信じがたかった。


<今日の行程>
南稚内0949-1139浜頓別1144-1230北見枝幸1237-1321浜頓別1327急行天北-1657旭川