前々日と違い、余裕を持ってユースホステルを後にし、塩狩駅へ。前々日と同じ列車に、余裕を持って乗り込む。朝から青空が見えるのも何より。今日こそは、晴れてくれなくてはちょっと困るのだ。
 約35分停車した和寒駅で朝食を買おうとしたが、売店は開いていない。お腹を空かしたまま北上を決め込む。踏切のそばにある、可愛らしい感じの下士別駅。智東駅の裏手にある川(天塩川)では、水遊びに興じる人たちもいた。エゾコクチョウ(北海道版「カラス」)の群れが電線を覆い尽くす智北乗降場。それにしても、当時「駅」だった智東がその後臨時乗降場への降格を経て2006年に廃止され、智北のほうが仮乗降場からJR発足と同時に、駅に昇格とは…。

 美深駅に到着。パンとトマトジュースを買い(230円)、美幸線に乗り込む。一両の列車の中は、ほとんどが鉄道好きとおぼしき青少年たちでいっぱいであった。
 走り出すやいなや、警報機なしの踏切でトラックがぶつかりそうになり、列車は急停止。トラックも引き下がったので事なきを得たが、つくづく思う。こんなところで事故にあっては泣くに泣けないな、と。
 水田も見えるが多くは麦、ジャガイモ、トウモロコシなどの畑が続く。白樺も何の気なしに立っている。辺溪までは比較的駅間距離が短かったが、そこからが長い。急に森の中へ入っていく。陽射しを浴びてキラキラ光る谷川、岩肌、巨大フキ、クマザサなどなど…土がむき出しのところに並べられたたくさんの木箱は、いったい何を意味するのだろう。
 やがて再びの平地が見え、そこにジャガイモ畑が加わり、家々が加わり、なかなか賑やかそうな景色-それが終点・仁宇布駅の姿だった。当時、白糠線などと日本一の赤字線の地位を毎年のように競い合っていた美幸線のことだから、あの人家がまったく見当たらなかった白糠線の終点・北進駅とか、前日乗ったばかりの万字線の終点・万字炭山駅のようなものを想像していたのだが、明らかにそれらより活気があった(いや、あくまでも比較しての話だが)。
 遠景の山々も美しい仁宇布の駅舎には、旅宿「山賊の根城(いえ)」のポスターや、「あヽ秘境 松山湿原」と書かれた司葉子さんのサイン色紙も。確か川中美幸さんもここでコンサートを開いたという情報も得ていたが、川中さんのサインは見つからず。それでなくてもあまりに閑かなこの地で、人気歌手のコンサートが行われたことを想像するのは極めて難しい。
 松山湿原にも後ろ髪を引かれたが、とにかくメインは鉄道乗りつぶし。その後のスケジュールを優先ということで、折り返しの美深行に乗り込む。美深の「美」と、仮想の終着駅、北見枝幸の「幸」をとったという美幸線。深名線や白糠線よりも多くの乗客がいて、仁宇布駅もきっぷを買い求める大勢の人たちでごった返していたから、この線が第一次特定地方交通線の、それも筆頭に立っているとはにわかに信じられなかった思い出がある(結局かなり早い時期に廃止。しかし後年トロッコ列車の運行などで、静かな注目を集める「廃線」にはなっている)。

 終着駅と対のような形で掲げられた司葉子さんのサイン色紙と、「祝 美幸線開通」の文字が書かれていた鏡。そんな掲示物が印象的な美深駅であったが、二時間近くも次の列車を待つ時間はさすがに退屈で、本を読んだり、外に出たり…戸外には眩しく光る太陽が。この球体がホントに、あと数時間もすると一部が欠け、いまの輝きが失われてしまうんだろうか。
 この日、1981年7月31日は、シベリア方面で皆既日食、そして日本では北へ行くほど大きく欠ける部分日食が見られる日であった。そのとき持っていた東大地文研究会の資料によると、稚内においては日本時間11時50分(食分0.01)から14時20分(食分0.05)まで、最大は13時10分の食分0.88、すなわち88%欠けるということだ。日の光であふれるこの景色が、太陽が9割近く欠けると、どんなに暗くなってしまうんだろう。
 この日にできるだけ食分の大きな日食が見られるように、私は旅のスケジュールを立てたのだ。列車の中から観測ということにはこだわらなかったが、いつの間にかそのようになってしまった。かくして二両編成の「日食観測号」が、美深駅のホームに入線。予定では音威子府-幌延間、だいたい琴平乗降場(佐久と天塩中川の間)付近で、日食ショーはピークを迎える。

 天候晴れ、風やや強し。西のほうが薄雲ってて少し不安ではあるが、今のところは大丈夫のよう。27日に同じ区間を乗ったときは退屈きわまりなく、小声で歌など歌っていたほどだったのに、今日は浮き立つ気分でさえある。
 35分間停車の音威子府駅で下車し、名物の駅そばを賞味(どんぶり代含め230円)。独特の風味にコシの強い麺。その後に思い立って、駅前の雑貨店の戸をガラガラと開ける。「すみません、この…黒い下敷きをください」値段は100円なり。
 いうまでもなく黒い面を透かして見て、太陽の欠ける様子をつぶさに観察するつもりであったが、買ってから思った以上の厚みに気づく。昔のセルロイド製ならいざ知らず、いまの下敷きでは、かざしても自分の顔が映るだけなのだ。買ったことをちょっと後悔しかけたが、太陽を間接的に黒い面にすくい取るようにセッティングすれば、若干だけど欠けている様子がわからなくもない。まあ、これでいいか。
 12時25分頃、太陽が一瞬、雲に隠れた。と、そこで肉眼でも「三日月太陽」がはっきりと捉えられるようになった。日をすっかり隠すほどだと考えものだが、少しくらい曇ってるほうが観測には都合が良さそうだ。
 一両になった列車に再び乗り込み、あえて陽当たりのいい席を取り、雲に隠れた「三日月太陽」を飽かず眺めていた。ところが50%以上欠けても空は真っ暗にはならない。十人ほどの車内で日食観測に夢中になっているのは自分くらい。雲に入れば肉眼で、また顔を出したときは下敷きに目を移し、12分ほど停車した筬島駅でも私は、黒い下敷きばかりを凝視していた。
 真っ暗とはいわなくても、なんとなく陽射しは弱くなってきたような気はする。普通ならこの時間、この天気だともっと強い光があるはずなのに、かなりか細くなってきている。今にも雨が降り出しそうな光線なのに「青空」。紗をかけたような車窓には、ロール状の干し藁をいくつも置いた牧草地が広がっている。川面のきらめきも控えめである。
 もう肉眼で太陽を見つめても平気なほど。佐久駅周辺の家々の影はあまりに薄く、ぼんやりとした光が天空を支配している。ピークと思われる琴平乗降場を通過。三日月状の太陽が空にぶら下がり、雲の合間を泳いでいる。
 日食のピークは終わったが、あらためてわかったのは、部分日食というのは空が真っ暗になるわけではなく、光が弱くなる。ちょうど薄曇りのような感じ(青空も出ているので)。しかしあの独特の「紗をかけたような風景」に魅せられ、後年私はハワイやタイ、ヨーロッパのパリ近郊まで皆既日食を追いかけるほど一時期、夢中になったことがある。今は海外の鉄道に乗るほうに関心が移っているが、機会があればまた、日食観測を楽しむのもいいなとは思う。
 ところでこの時の日食、実はピークが過ぎた後、空の半分がどんよりと分厚い雲に覆われ、太陽がしばらく隠れてしまった。眠気に誘われついウトウトし、気づいたときには雄信内と安牛の間あたり。太陽はだいぶ通常の勢力を取り戻していたが、正午時点の音威子府と比べると、やはりガンガンと照りつける陽射しではなくなっている。私は通常の太陽に戻るまでの過程を最後まで見られなかったことをいささか後悔した。南幌延付近に、パンケオートマップ川なんて不思議な名前の川が見える。

 27日に来たときとは違い、曇り空の幌延駅。一時間あまりの待ち合わせはほとんど本を読んで過ごしたが、あまりに空腹だったため売店でおやつに「どうぶつっ子のゆめ」ビスケットを買う(100円)。羽幌線の到着が遅れたため、旭川行急行も20分ほど発車が遅れたが、私の乗る稚内行には影響がなかった。
 幌延を過ぎると原野が目に広がる。そして林、葉のない木、牛の群れ。根室本線の車窓から見た風景に近いものが、そこには再現されていた。空まで曇り空であったが、不思議なことに道東をめぐったときに感じた「やるせなさ」はあまり感じない。今日は稚内はずっとこんな感じだったのかな。そしたら私などは、国内でも最良の条件で日食を見ることができたのかなと、ひとりごちてみる。
 干し藁のローラー。どこからともなく聞こえる、チューリップ(グループ名)の何曲かのメロディ。兜沼駅から見えた兜沼。勇知を過ぎて抜海に近づいた頃、霧の中からまん丸い太陽が久々に顔を出した。と思ったらすぐ曇り、灰色がかった海のかなたにあるはずの利尻・礼文はまるで見えない。
 とうとう稚内に到着。石油タンクが並ぶ。「最北の地」であることをことさらに強調した観光案内所にはダ・カーポの「宗谷岬」が流れる。私はフェリー乗り場やテトラポットのある場所を避け、間近に「ただの」海が見える場所へ。しかしお目当てのそれは黒く澱み、茶色い濁りが表面を覆う。最北の海は波こそ穏やかで、潮の匂いも感じ取れたが、決して明るいイメージのものではなかった。
 行列がすさまじい稚内駅構内の客のほとんどは、急行「礼文」に乗る人たちで、私が乗った天北線曲淵行はガラガラ。次の南稚内で降り、今宵のユースホステルへ長い急坂を登る。着いたときには、汗びっしょりであった。
 夕食のカニを頬張り、熱いお湯の出ない風呂場のシャワーに苦戦。さらにミーティングの時間を私は洗濯の時間にあて、なかなか落ちないTシャツの首周りの汚れに悪戦苦闘する。
 なぜかずっと右目が痛いし、札幌の宿でこしらえた腕の虫さされの跡も、まだ消えない。ただユース自体は坂道を苦労して登ってきた甲斐があり、夜景が見事だ。10時30分頃就寝。


<今日の行程>
塩狩0627-0839美深0850-0920仁宇布0926-0952美深1114-1415幌延1535-1705稚内1751-1758南稚内