晴れ渡った青空が、どこまでも広がる札幌の朝。
6・7・8時と一時間ごとに、どこからか「夏は来ぬ」のメロディーが流れてくる。泊まったユースホステルの朝食は、パンにゆで卵付きの野菜サラダ、スープ、コーヒーとまさにシティホテルと見まがうほど。とりわけバターの美味しかったこと!
リッチな食事内容と爽やかな空気に満足して、すがすがしい気分で旅立ちの朝を迎えられるはずだった。…前夜のあの、遅くまで騒々しかった「悪夢」さえなければ。
駅前には京王プラザホテルが建設中(後年、このホテルに実際に泊まる機会が訪れるとは当時はもちろん、知る由もなかった)で、そのほか東急や西武などのマークもあちこちに見られる札幌だが、そういえば街なかにはいわゆる「私鉄」が一本もない。地下鉄も走る百万都市なのに私鉄がないとは、考えてみればいささか不思議な話かも知れない。
電車急行「かむい3号」に乗り込む。結局、ただ宿泊しただけに終わってしまった百万都市・札幌。「北海道で大きな大きなデパート」のキャッチフレーズを冠したそごうは、「北海道から九州まで、日本列島ひとつなぎ」のフレーズも(しかし東北には2008年に至るまで、一軒もない)。サッポロビールの工場を眺め、江別では赤トンボ。石狩川を渡り岩見沢駅で下車し、この日の最初の目的である万字線に乗車。
短い盲腸線の往復に、重い荷物は邪魔になる。コインロッカーに預けようとするが、すでに「満室」状態。仕方なく割高な荷物一時預かり所を利用する羽目になる。
万字線は乗客数に似合わぬ四両編成。陽の当たるほうをきれいに避け、乗客はみな日陰側に腰かける。志文あたりまでは平地、その後山が迫りだし、終点ひとつ前の万字からは本当に山の中を走る。いかにも炭鉱関係の建物が見えた途端に、終点の万字炭山駅。
やはり駅名の印象とは異なり、緑の山々に囲まれ人家は見当たらず、線路の先にはぽつんとトンネルが。小さな石炭の山らしきものはあったと記憶しているが、駅も、また万字線自体も、さほど炭鉱色の強くない路線であった。万字炭山駅で降りた客は、ほとんどが写真撮影やスタンプ押しに余念がなく、「仕事」が終わると一斉に、折り返しに乗り込んだ。
私は復路の風景を心に焼き付けようとする。マツヨイグサやヒメジョオンやレンゲソウが咲いていた朝日駅。上志文駅までの間には白菊のような花がわあっと。そしてスキーリフトがむき出しになっていた上志文の駅前…この沿線にも、列車を追いかけるようにたくさんの赤トンボの列が窓の外に、わあっと。
次の幌内線も岩見沢発着だが、乗るまでに二時間もの長く、微妙に中途半端な余裕がある。商店街をブラブラといっても、もうひとつパッとしない。高層の建物がなかなか見当たらず、唯一デパートらしかった「金市館」も、隣のショッピングセンターも、暇をつぶすには今ひとつの感があった。ただ、昼食をとった店の料理はことさらに安く、ミートソース250円、フルーツパフェは280円と信じられない値段! ナポリタン200円、ソフトクリーム100円など、北海道にしても安いのではないだろうか。
暑く、退屈な時間がやっと過ぎ、ようやく幌内線の乗客に。栄町(乗降場)には団地があり、三笠は思っていた以上に大きな駅。この線も折り返しを繰り返す単線と思いきや三笠には1番ホームと2番ホームがあり、線名にもなった幌内炭鉱へのレールが、ここから延びている。そばを流れる川が、なぜか雨後のように濁っていた。
終点の幾春別の駅前は、折り返しが発つまでの時間がわずかだったこともあってちらりとしか見なかったけれど、ごく平凡な町の印象。前日の歌志内線と「函館本線上砂川支線」、そして午前中の万字線の、いわば炭鉱四線の中でもこの幌内線が、最も炭鉱の匂いが薄い線区であったと思う。
折り返しに見えた弥生駅には、二匹の猫が日陰で昼寝している傍らに「7/15から使用ずみの乗車券はこの箱の中へ入れてください」の貼り紙。ビニールで窓を覆われたこの駅、そしてこの幌内線の将来にふと、暗いものを感じ、のどかな風景なのに胸が引き裂かれそうな思いがした。
唐松-三笠間に、やっと幌内炭鉱の建物を見かける。
本日の盲腸線乗りつぶしノルマは、岩見沢駅に幌内線が到着した時点で終了。さあここからは、函館本線で旭川方面へと思ったら、乗る予定であった14時56分発の普通列車は、光珠内-美唄間の下りレールが暑さのためひん曲がった影響で、後続の「狩勝53号」に抜かれて到着するとのこと。まだ岩見沢から出られないのか。少し目眩がした私は、100円のアイスクリームを買って我に返る。
20分近く遅れて発車した列車は、さらに「かむい7号」にも峰延駅で抜かれ、後は見飽きた感もある景色のなかをのんびりと行くことに。砂川-滝川間では何度目かの空知川を、江部乙-妹背牛間では石狩川を越す。「味のもせうし米」「品質本位のもせうし鶏卵」「納内りんご」…いかにも農村地帯を思わせる看板の群れも、納内-近文間のトンネルの連続で尽きてしまい、いよいよ北海道第二の都市、旭川へ。といっても私はここで降りるわけではなく、さらに北、名寄行に乗り換えて前々日の宿泊先、塩狩のユースホステルを目指すことになる。
札幌周辺はじめ、函館本線や室蘭本線沿線でいたるところに見える紅白縞模様の煙突-パルプ工場の煙突。それを旭川の先でも確認した後、塩狩のユースでも話題になった比布駅へ。花壇のところに駅名由来の説明板があり、ポスターなどもあって「それなりに」宣伝している感じではあった。
塩狩駅から今度は、迷わずに近道を歩いてユースへ。案の定この日の夕食もジンギスカンで、熱の塊が弾け汗が噴き出る思い。溜まっていた洗濯物も片付けたかったけど、この日は前々日に比べてもかなり大勢の宿泊客があって、洗濯機はフル回転。断念せざるを得なかった。
お風呂に入った途端、再び目眩に襲われる。ここに来て、前夜の睡眠不足がこたえるようになっていた。つらい体にムチを打ち、今後泊まる予定の二つのユースに夕食を用意してくれるよう電話を入れ、渇いた喉に120円もするつぶつぶオレンジジュースを流し込む。その他、自販機の飲み物はオール120円。当時としてはかなりの割高だった。
この日の部屋は和室で、私のほかには同室者が三名。名古屋からクルマでの旅を楽しむ二人組と、もうひとりは、私と同じひとり旅の東京の国立大学生。明日の宿も稚内方面と共通はしていたが、いち早く稚内のユースホステルをキープしていた自分に対し、彼女は稚内のユースが二軒とも満室ということで、別の町に宿をとることにしたらしい。
さて、私が翌日に稚内を目指し、稚内に泊まることを計画したのは、鉄道乗りつぶし以外にも理由がある。翌日の稚内のユースが満室というのも、きっと同じ目的の人が少なくないからと察せられるのだ。詳細は、この次の日記にて。
腹の調子が思わしくなかったが、さすがにすぐに寝付いてしまった。
<今日の行程>
札幌0840急行かむい3号-0915岩見沢0926-1015万字炭山1020-1103岩見沢1319-1349幾春別1354-1422岩見沢1456-1718旭川1730-1827塩狩
6・7・8時と一時間ごとに、どこからか「夏は来ぬ」のメロディーが流れてくる。泊まったユースホステルの朝食は、パンにゆで卵付きの野菜サラダ、スープ、コーヒーとまさにシティホテルと見まがうほど。とりわけバターの美味しかったこと!
リッチな食事内容と爽やかな空気に満足して、すがすがしい気分で旅立ちの朝を迎えられるはずだった。…前夜のあの、遅くまで騒々しかった「悪夢」さえなければ。
駅前には京王プラザホテルが建設中(後年、このホテルに実際に泊まる機会が訪れるとは当時はもちろん、知る由もなかった)で、そのほか東急や西武などのマークもあちこちに見られる札幌だが、そういえば街なかにはいわゆる「私鉄」が一本もない。地下鉄も走る百万都市なのに私鉄がないとは、考えてみればいささか不思議な話かも知れない。
電車急行「かむい3号」に乗り込む。結局、ただ宿泊しただけに終わってしまった百万都市・札幌。「北海道で大きな大きなデパート」のキャッチフレーズを冠したそごうは、「北海道から九州まで、日本列島ひとつなぎ」のフレーズも(しかし東北には2008年に至るまで、一軒もない)。サッポロビールの工場を眺め、江別では赤トンボ。石狩川を渡り岩見沢駅で下車し、この日の最初の目的である万字線に乗車。
短い盲腸線の往復に、重い荷物は邪魔になる。コインロッカーに預けようとするが、すでに「満室」状態。仕方なく割高な荷物一時預かり所を利用する羽目になる。
万字線は乗客数に似合わぬ四両編成。陽の当たるほうをきれいに避け、乗客はみな日陰側に腰かける。志文あたりまでは平地、その後山が迫りだし、終点ひとつ前の万字からは本当に山の中を走る。いかにも炭鉱関係の建物が見えた途端に、終点の万字炭山駅。
やはり駅名の印象とは異なり、緑の山々に囲まれ人家は見当たらず、線路の先にはぽつんとトンネルが。小さな石炭の山らしきものはあったと記憶しているが、駅も、また万字線自体も、さほど炭鉱色の強くない路線であった。万字炭山駅で降りた客は、ほとんどが写真撮影やスタンプ押しに余念がなく、「仕事」が終わると一斉に、折り返しに乗り込んだ。
私は復路の風景を心に焼き付けようとする。マツヨイグサやヒメジョオンやレンゲソウが咲いていた朝日駅。上志文駅までの間には白菊のような花がわあっと。そしてスキーリフトがむき出しになっていた上志文の駅前…この沿線にも、列車を追いかけるようにたくさんの赤トンボの列が窓の外に、わあっと。
次の幌内線も岩見沢発着だが、乗るまでに二時間もの長く、微妙に中途半端な余裕がある。商店街をブラブラといっても、もうひとつパッとしない。高層の建物がなかなか見当たらず、唯一デパートらしかった「金市館」も、隣のショッピングセンターも、暇をつぶすには今ひとつの感があった。ただ、昼食をとった店の料理はことさらに安く、ミートソース250円、フルーツパフェは280円と信じられない値段! ナポリタン200円、ソフトクリーム100円など、北海道にしても安いのではないだろうか。
暑く、退屈な時間がやっと過ぎ、ようやく幌内線の乗客に。栄町(乗降場)には団地があり、三笠は思っていた以上に大きな駅。この線も折り返しを繰り返す単線と思いきや三笠には1番ホームと2番ホームがあり、線名にもなった幌内炭鉱へのレールが、ここから延びている。そばを流れる川が、なぜか雨後のように濁っていた。
終点の幾春別の駅前は、折り返しが発つまでの時間がわずかだったこともあってちらりとしか見なかったけれど、ごく平凡な町の印象。前日の歌志内線と「函館本線上砂川支線」、そして午前中の万字線の、いわば炭鉱四線の中でもこの幌内線が、最も炭鉱の匂いが薄い線区であったと思う。
折り返しに見えた弥生駅には、二匹の猫が日陰で昼寝している傍らに「7/15から使用ずみの乗車券はこの箱の中へ入れてください」の貼り紙。ビニールで窓を覆われたこの駅、そしてこの幌内線の将来にふと、暗いものを感じ、のどかな風景なのに胸が引き裂かれそうな思いがした。
唐松-三笠間に、やっと幌内炭鉱の建物を見かける。
本日の盲腸線乗りつぶしノルマは、岩見沢駅に幌内線が到着した時点で終了。さあここからは、函館本線で旭川方面へと思ったら、乗る予定であった14時56分発の普通列車は、光珠内-美唄間の下りレールが暑さのためひん曲がった影響で、後続の「狩勝53号」に抜かれて到着するとのこと。まだ岩見沢から出られないのか。少し目眩がした私は、100円のアイスクリームを買って我に返る。
20分近く遅れて発車した列車は、さらに「かむい7号」にも峰延駅で抜かれ、後は見飽きた感もある景色のなかをのんびりと行くことに。砂川-滝川間では何度目かの空知川を、江部乙-妹背牛間では石狩川を越す。「味のもせうし米」「品質本位のもせうし鶏卵」「納内りんご」…いかにも農村地帯を思わせる看板の群れも、納内-近文間のトンネルの連続で尽きてしまい、いよいよ北海道第二の都市、旭川へ。といっても私はここで降りるわけではなく、さらに北、名寄行に乗り換えて前々日の宿泊先、塩狩のユースホステルを目指すことになる。
札幌周辺はじめ、函館本線や室蘭本線沿線でいたるところに見える紅白縞模様の煙突-パルプ工場の煙突。それを旭川の先でも確認した後、塩狩のユースでも話題になった比布駅へ。花壇のところに駅名由来の説明板があり、ポスターなどもあって「それなりに」宣伝している感じではあった。
塩狩駅から今度は、迷わずに近道を歩いてユースへ。案の定この日の夕食もジンギスカンで、熱の塊が弾け汗が噴き出る思い。溜まっていた洗濯物も片付けたかったけど、この日は前々日に比べてもかなり大勢の宿泊客があって、洗濯機はフル回転。断念せざるを得なかった。
お風呂に入った途端、再び目眩に襲われる。ここに来て、前夜の睡眠不足がこたえるようになっていた。つらい体にムチを打ち、今後泊まる予定の二つのユースに夕食を用意してくれるよう電話を入れ、渇いた喉に120円もするつぶつぶオレンジジュースを流し込む。その他、自販機の飲み物はオール120円。当時としてはかなりの割高だった。
この日の部屋は和室で、私のほかには同室者が三名。名古屋からクルマでの旅を楽しむ二人組と、もうひとりは、私と同じひとり旅の東京の国立大学生。明日の宿も稚内方面と共通はしていたが、いち早く稚内のユースホステルをキープしていた自分に対し、彼女は稚内のユースが二軒とも満室ということで、別の町に宿をとることにしたらしい。
さて、私が翌日に稚内を目指し、稚内に泊まることを計画したのは、鉄道乗りつぶし以外にも理由がある。翌日の稚内のユースが満室というのも、きっと同じ目的の人が少なくないからと察せられるのだ。詳細は、この次の日記にて。
腹の調子が思わしくなかったが、さすがにすぐに寝付いてしまった。
<今日の行程>
札幌0840急行かむい3号-0915岩見沢0926-1015万字炭山1020-1103岩見沢1319-1349幾春別1354-1422岩見沢1456-1718旭川1730-1827塩狩