盛岡に一泊。9時20分発の急行「くりこま1号」でさらに北上する。
 実は盛岡は、私が通学していた高校のある街。新幹線開業直前、新しいビルが次々と建設され、東京資本の会社や店舗が進出、変化していく様をリアルタイムでつぶさに見ていた。上京して三カ月半ほどご無沙汰のうちに、駅ビル「フェザン(”ザ”はSに濁点)」がオープン。盛岡では初と思われる大手ファストフードの店も登場。駅の旅行センターなども新しくなっていたが、案内表示板のデザインがその当時通学で利用していた池袋駅とそっくりだったのには苦笑した。これも中央指向というのだろうか。
 前夜も四時間くらいしか寝付かれず、車内では乗車時間の半分を睡眠に費やす。北東北の寒村風景を夢うつつに眺め、視界に一面の海が広がる浅虫で目が覚める。青森は近い。
 到着直前、やけにゆっくりしたアナウンスが流れる。乗船名簿云々とか聞こえたけど、あれ、どこで書くんだろう? ひょっとして私が眠ってるうちに配られて書き忘れてしまったのか。不安になって周囲にいた団体客に尋ねると、列車を降りてから連絡船に乗る前に書くんだよ、とのこと。そのついでに団体客のひとりから聞かれた。
「どこまで行くんですか」
「江差です」
 こういう答え方は、そこに自分の家か親戚があると思わせてしまうようだ。案の定、「家があるの?」と返された。
「いいえ、観光です」
「ユースホステルじゃないの、あそこの…」別の客が繋いでくれた。
「ああ、あそこならいい」
 そんなふうに会話が弾むうちに、青森に到着。相手はおしなべて、私がひとりで北海道を旅することに驚いていたようだ。そんなに頼りなく見えるのだろうか。

 その団体客とは乗船名簿まで一緒のところで書いたが、船内では彼らがカーペット敷の座席、私が椅子席に別れてしまった。
 12時15分。ドラが鳴り、「蛍の光」のメロディーが流れ、羊蹄丸は静かに岸壁を離れる。一カ月以上も東京を離れるのに加え、三週間も本州を離れる。感傷的にならずにはいられなかった。北海道は中学の時の修学旅行(北東北では、中学の修学旅行先が北海道というのはわりとポピュラーである)以来二度目だが、自分の意志で海峡を渡るのは今回が初めて。というか本格的なひとり旅も、この時が初めてだった。頼りなく見えたのも、むべなるかな。
 波しぶきの水滴が窓を上から下へ次々と落ちていき、揺れる船内では読書もはかどらないのでデッキへ。いつの間にか陽射しも出ていたが、海ばかりの景色はすぐ退屈する。再び自分の席へ戻る途中で、売店にあった国鉄監修の「スタンプノート」を350円で買い求める。
 写真はあくまで撮るつもりはないが、そこに行ったという証拠は少しでもあったほうがいい。そんな強迫観念にも似た気持ちに駆られ、船内で連絡船用のスタンプを押した後、どこでスタンプを押していこうか、今さらながら時刻表の路線図やスケジュールとにらめっこした。でも結論は「気づいたら押せばいい」。そう決めて、また読書タイムに戻った。
 函館到着30分前から、船内に「イエスタデイ」などのムードミュージックが流れ出し、針路に函館の港が見えてきた。乗り継ぎ列車のご案内アナウンスを経て、16時05分、青函連絡船21便は函館に到着した。

 団体客に話した通り、これから私は函館から西に向かい、江差線を踏破。終着駅の江差駅から歩いて20分ほどのところにあるユースホステルに泊まることにしている。
 考えてみれば、ディーゼルカーに乗るのも三カ月半ぶりだ。ユースホステルには夕食を頼んでなかったので、弁当でも買い求めようと思ったがホームに見当たらず、仕方なく函館駅の売店でスナック菓子とジュース(計360円)を買って、今夜の食事に充てることにする。
 青森弁そのものの方言。のどかな風景。木の橋や文具店を兼ねたソフトクリーム屋を眺め、上磯を過ぎると今渡ってきたばかりの津軽海峡が車窓いっぱいに。渡島当別から木古内あたりまでは睡魔に誘われてしまったが、目を開けると向かい側に、江差に住んでいるというおじさんが座っていた。誰かと話がしたくてたまらないらしく、私が起きるのを待っていたかのように、おじさんは問わず語りの話を始めた。郷土の話、昔話…アイヌの話に出てきた「館(たて)」という言葉は、東北人にもなじみ深いものである。
 頷きつつ耳を傾けているうちに江差が近づき、再び海が。「あ、あれ灯台ですよね」
「違うよ。あれは雲に隠れた夕日じゃないか。何勉強してるんだい、東京で」
 おじさんに自分の大ボケをたしなめられてちょっと恥ずかしくなり、「江差追分」がここぞとばかりに流れる駅舎を、逃げるように飛び出す。

 昔はニシン漁で賑わい、最盛期には人口三万を数えたという江差の町。生命保険会社の代理店をそこかしこに見かけ、それなりに大きいデパートの建物や立派なホテルもあったが、商店街は閉山後の鉱山町のような風情をかもし出していた。高い空に、長い下り坂の道。潮の匂いが鼻孔をくすぐる。
 文化財指定というそのユースホステルの建物は、想像していたものと全然違っていた。高校や大学の研修で利用したことのある「青年の家」のようなものが、全国各地に立っているのだとばかり思っていた。真っ暗な土間を抜け靴を脱ぎ、六畳の畳敷きの部屋へ。相部屋ということはわかっていたが、先客の女性を見て「えっ、六畳で二人?」
 もう少し年をとり旅慣れて、古い民家の良さがわかるようになっていれば、こういった宿も落ち着いていいものだと思っただろう。ところがこの時は、見学するつもりもないのに宿泊代に入館料300円込み(計1,900円)だったのも許せなかったし、風呂の湯がぬるくて少なめだったのも腹立たしかった。煎餅のように薄い布団に挟まれて寝なければならないのかと思うと、なんだか悲しくなってきた。初めてのユースホステルが、こんなものでいいのか。そしてユースホステルは、みんなこんな雰囲気なのか。
「そんなことないよ。ほかのユースとここは、全然違うから」
 そう言って慰めてくれたのは、同室となった大阪から来た女性。友人たちと一緒に北海道の旅を楽しんでいたが、最後の夜はひとり旅を経験したくて、あえて別行動でこの宿に来てみたという。
「えー、私なんかいつも、ユースは飛び込みだよ。実際に見て、気に入ったら泊まればいいヤン」
 夏の北海道は混むので早めの予約がいいと思って、そしてそれ以上に鉄道の踏破計画を立てるのにどこにユースがあって、駅から何分で、何時に着いて何時に出れば良くて、夕・朝食は頼むか頼まないか決めて…そういった行程を日ごとに逐一、頭の中でシミュレーションして、他人は決して入り込めないような細かなスケジュールを作ってきた私には、彼女の行動力が羨ましく思えた。
 まあ、しょんぼりしてばかりもいられない。彼女の言葉を信じ、明日からのユースに期待しよう。時々聞こえる雨音をBGMに、彼女と野球の話(といっても、阪神ファンの彼女が一方的にしゃべっていたようなものだが)をしているうちに、眠りについてしまった。


<今日の行程>
盛岡0920急行くりこま1号-1158青森1215連絡船21便~1605函館1645-1906江差