あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします
昨年はみなさま方の多大な善意で、膝の痛みを完治することができました。ご報告が遅くなり恐縮ですが、心より感謝を申し上げます
わたし永野哲嗣は今年の2月より淡路島に移住することにしました
ミナミAアシュタールがコンダクターとして進めている、じょうもんの麓プロジェクトに参加するためです
ミナミAアシュタールについて
じょうもんの麓について詳しく知りたい方は、以下のサイトをご覧ください
ミナミのライト らいと ライフ~light, right, life~
明るく 軽く 右脳人生 まっしぐら!
ミナミAアシュタールチャンネル(YouTube)
https://www.youtube.com/channel/UCR5r-ZjTy9w-fdJ5UfXXelA
そこで何をしたいのかというと
人と人との調整役に徹したいと思っています
わたしはカウンセラーでもあり、ソーシャルワーカーでもあり、国家資格も持っているし、制度としての福祉の中で実務経験もあるのですが、ソーシャルワークとは何か?という定義に
(人や環境、社会そのものではなく)人と環境(社会)との接点に介入して個人の心の変容および社会の変革を促す
というものがあり、優れた表現と思っています
ちょっと意訳していますが
人を変えることはできないし、変えてはいけないとまで言われているが、人を救うということは人を変えるということでもあって、これはカウンセリングの定義にもなっています
また環境や社会を変えて個人の福祉を図る
というのが一般的な社会運動でやられていることですが、選挙や市民運動や革命に対しての今の現状を見てみるとわかるように、環境や社会を変えるというのはとても困難で、実際それに関わってリアルに思うことは、やればやるほど駄目になるという実感です
個人や社会を変えることができなくても、その接点に介入することで変化が生み出せるのではないか?
というのが今考えていることです
ミナミAアシュタールのじょうもんの麓プロジェクトは、単なる村づくりやコミュニティ(ミナミAアシュタールはこの言葉も否定している)づくりではなく、会社からボランティア組織にまで蔓延っているピラミッド社会からそっと離れるために、リーダーのいない丸い社会のモデルをつくることだと言います
日本人の多くは保育園から大学院まで、先生という人の下に大勢の生徒という図式を刷り込まれ(少数で多数を管理するにはピラミッド型でないと無理)先生(リーダー)がいないと組織は機能しないと思い込まされています
ところがそれは人工的に造られた概念にすぎず、本来人間関係というものはお互いの合意の上で自由に創っていくものです
日本の未来は暗く不自由という意見も多いですが、DAO(自立分散型組織)というリーダーのいない対等関係で成り立つコミュニティが大小問わずたくさんでき、現役の国会議員、資本家も参加のもと日本中に展開されているという未来図もあります
2016年、わたしが長年メンターとしてきたBASHARが世界は二極化し後戻りできないと衝撃の預言をして、実際、新型コロナを挟みそのようになりましたが、ミナミAアシュタール的にいうと、世界統一政府の下の完全監視社会に組み込まれるのか、そこからそっと離れて波動の合う仲間と不便ながらも自由に暮らすのか、二者択一が迫られ、2026年にそのシャッターが閉まってしまう
わたしはそんなイメージをしています
じょうもんの麓プロジェクトは後者で、丸い社会を創ろうとしていますが、わたしは上記のように教育で刷り込まされてきた多くの人にとってとても困難な事業だと思っています
リーダーはいないと言っているのに、リーダーを探してみたり、個々人の正しさに固執してプロジェクトが止まったり、無意識の支配欲が組織を歪ませたりいろいろなことが起きるだろうと予想しています
わたしも完全に払拭できたか疑わしいのですが、
正しさなんてない、みんな間違っていてかつ正しい、結果よりもプロセスが大切、お金や時間は幻想、他者に対する愛と尊重こそが五次元世界
こうした心理学やスピリチュアルの共通項にして結論をどれだけ実践できるかにかかっているかと思います
もちろんこうしたことがわたしの杞憂に終わり、何の問題もなくプロジェクトが進んでいくのなら、それはそれでいいし、そうしたらわたしは淡路の地で自由に自然農や自然栽培を追求したいなと思っています
先はどうなるかわかりませんが、ひな形となるプロジェクトができ、それをもとに愛知に帰還するかも知れないし、別の地に行くかも知れないし、淡路に永住するかも知れないし流れのまま生きていこうと思っています
非常にわかりにくく、もやっとするような内容になったかも知れませんが、自分の中でははっきりくっきりビジョンがあります
どんなに非効率で生産性がなくても、ピラミッド型の組織や社会という洗脳から脱し、丸い社会や組織を標準化していかなければ日本および世界の未来=人類の未来、地球の未来はないと思っています
目にみえる、土地や建物、農業など産業形態や施設デザインの話ではないです、もちろんそういうのも重要ですが、それは今までの三次元社会で散々やられてきたことなのでイメージしやすいし、お金がある人がお金を出して技術がある人が作り上げて簡単にできることだと思っています
重要なのは、そこで生まれる人間関係
支配のない、お互いの自由を尊ぶ、五次元にふさわしい心のありよう
それをわたしも実践を通して学ぶし、そのような意識で「村民」がいられるよう見守る、それが最も重要だと思っています
もしこのような新しい価値の創造に興味があるのなら一緒に参加しませんか?連絡待っています
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