第29日 ボランティアの論理

 

社会事業等の無償奉仕者としてのボランティアについて、考察します。

活動内容には、労働的、精神的と物質的(金銭、物品等)等があります。

また、ボランティアには政治的、宗教的、組織的、文化的と個人的に分けられます。

ボランティアは、その活動内容から目的限定活動といえます。つまり、被災者救助支援、生活支援、医療支援等や有形無形の文化伝承、自然保護等、総合的ではなく部分的対応なのです。見方によっては、公的処置の補完活動ともいえます。

活動内容が、自身の趣味や学問的探究テーマ、職務的に関するものはボランティアには含みません。(純粋の自己犠牲で職務上の利得がないこと)

ある種の(災害・難民救援、福祉系)ボランティアには、大きな問題が隠されています。

優先すべき公的保護や支援を削減して、ボランティアに為政者の責務を委ねる事です。

個人的感情の発信による、災害等救援型ボランティアの場合、(やむを得ないですが)個人の意識が、対象を全体的で事後を見据えた多面的対応でなく、目の前の現実即応になります。こうした善意が(為政者側に)恣意的に利用されることで、必要福祉公費の支出を抑えられます。被災者も善意のボランティアを前に、対応の不手際や不満等の公的発言をしにくくなり、結果、政府の救援活動を含めての総合評価の正確度が低下します。

ボランティアは人間社会に吹く、爽やかな風です。しかし、地表(社会の底辺)の腐敗した空気はよどんだままです。多くの人々は上辺だけの爽やかな風を感じて、この社会を素晴らしいものと勘違いしています。(ボランティアは差別社会に潜む不平不満の一時的なガス抜きです)

地表の空気を、腐敗していると感じない人々がいます。「水、清くして魚住まず」と考えるのです。妬み、憎しみ、愛、争い、謀りごと、勝敗、博打、大金持ち、貧乏等、様々な人間がいるから、この世は素晴らしい(または、面白い)と思っています。こうした考えの人々を、総称して「戦争人」といいます。(「第16日戦争人について」参照)

現代の人類社会は戦争人社会です。

そして、ボランティアは反・民主主義社会の象徴かもしれません。(戦争人社会と真の民主主義は相反します)