男たちの旅路 その4 | お宝映画・番組私的見聞録

男たちの旅路 その4

もう飽きたかもしれないが、「男たちの旅路」である。今回はあまりストーリーには触れないで行こうかと思っている。
79年に放送された第4部の2話「影の領域」からである。吉岡鶴田浩二)は警備会社に復帰。ただし、本人の希望で司令補ではなく一般警備員としてである。そして、根室から共にやって来た尾島信次清水健太郎)、信子岸本加世子)兄妹も一緒の警備会社に就職した。信次は配属された港の倉庫警備で上司の磯田士長梅宮辰夫)の不正を目撃してしまう。しかし、磯田は金を一切受け取っておらず、あくまでも会社の為だと主張する(契約を切られないようにする為)。それを知った吉岡は「悪いことは悪い」と対立する。
鶴田梅宮は東映での任侠映画や戦記物で共演の経験はある。しかし、基本的には鶴田は硬派な男の世界を描いたものが中心。一方の梅宮は「夜の帝王シリーズ」だの「不良番長シリーズ」だの軟派で女を追いかけまわすような絶対に鶴田が出演しないような映画が中心だった。ただでさえ鶴田には敵も多く、二人の相性がいいわけはないのである。吉岡は磯田に殴られるのだが、「殴りたいだろうと思ってな」と信次鮫島柴俊夫)にニヤリ。復帰後どこか輝きを失なっていた吉岡だったが徐々に復活していく。
そして第3話「車輪の一歩」。当時もドラマでは扱いにくいテーマだったと思うが果敢に踏み込んでいく。尾島兄妹が警備しているビル入り口にいた数人の車椅子青年を移動させたことをきっかに毎日のように彼らが現れるようになる(全部で六人)。それを知った吉岡も彼等と関わっていき、導きだした彼等への助言は「迷惑をかけることを恐れてはいけない」というものであった。
車椅子の青年を演じるのが京本政樹、斎藤洋介、古尾谷雅人、水上功治などで、紅一点の車椅子女性が斉藤とも子、その母親が赤木春恵だ。京本正樹は当時20歳で、本作がドラマデビュー作とウィキペディアではなっている。ただ、放送時期では、レギュラーだった天知茂主演「江戸の牙」の方が早かったはずである。斎藤洋介は当時28歳だったが、こちらも本作がデビューとなっている。それまでは、三宅裕司率いる劇団SETの一員として活動していたようだ。小倉久寛、寺脇康文、岸谷五朗辺りはSETのメンバーだったのは知っているが、斎藤は知らなかった。SET(スーパーエキセントリックシアター)と名付けたのも斎藤だそうだ。
古尾谷雅人は当時22歳。デビュー作は日活ロマンポルノ「女教師」(77年)で、当時20歳だったが役は不良中学生。実はこの映画見たことがあるが、あんな中学生はいない(見た目)、と思ってしまった。デカいし(188cm)。「ヒポクラテスたち」(80年)では主役の医大生を演じ、前述の斎藤洋介とは本作でも共演している。ちなみにキャンディ-ズを解散した伊藤蘭の復帰作でもある。03年に自ら命を絶ったのが唐突に感じたが、身内からすれば思い当たることは多かったらしい。作品を選ぶようになりながら、出たい作品には出られない(過去の病気によりあまり長時間の撮影に耐えられない)などのジレンマがあったらしい。
水上功治はミスタースリムカンパニー出身で、山田作品である「ふぞろいの林檎たち」では主人公たちと敵対するチャラい大学生を演じた。いかにも嫌な奴そうだが、実際に現場での素行に悪評が高かったので、仕事が減り引退に追い込まれたらしい。斉藤とも子は87年に28歳上の芦屋小雁と結婚し、世間を驚かせた。この関係は長く続いたのかと思っていたが95年には離婚している。しかも小雁は翌年、30歳下の女性と結婚したそうだ。
とまあ、ドラマには関係ないことばかり書いたが、当時は無名だったが今見ると中々なメンバーが揃っていたのがわかるであろう。