人形佐七捕物帳(NHK版)
「人形佐七捕物帳」は金田一耕助シリーズ等で知られる横溝正史の時代小説だが、何度か映画化テレビ化されているコンテンツである。映画版なら若山富三郎で、テレビ版なら林与一版か松方弘樹版が知られているだろうか。今回取り上げるのは松方版だが、大体の人が思い浮かべる77年の東映制作版ではなく、65年にNHKで放送されたものである。その65年版も松方が人形佐七を演じていたのだ。
このNHK版の正確なタイトルは「大衆名作座 人形佐七捕物帳」という。現在も続く娯楽時代劇枠の第1作でもあった。半年の予定が好評で1年(全50回)の放送となった。
松方弘樹は当時21歳。人形佐七の「人形」とは人形のように美形という意味での異名なのだが、後のイメージから松方は美形というタイプではないように感じるが、当時はまだ若いし、もちろん任侠映画ノイメージもないので視聴者も違和感なく見ていたようだ。69年には映画で眠狂四郎を演じたりもしているし。だが、77年に再び佐七を演じた時は、女房が人形焼き屋を営んでいるからという理由に変えられている。
他のキャストだが、小林千登勢(お粂)、渥美清(辰五郎)、克美しげる(豆六)、岩井半四郎(神崎甚五郎)、谷幹一(宗吉)、殿山泰司(鳥越の嘉平次)、岸旗江(千代)、矢田稔(寅八)、村田正雄(寅松)、穂積隆信(源次)、大塚周夫(三次)、伊藤智子(おりき)、水島道太郎(このしろの吉兵衛)といったところである。
お粂は佐七の女房で、辰五郎と豆六は下っ引き、神崎は南町奉行所与力で佐七の雇い主、嘉平次は佐七をライバル視する岡っ引きで、吉兵衛は佐七の親代わりでもある古参の岡っ引きだ。
ここで注目すべきは、岩井半四郎である。知っている人も多いと思うが、松方が後に結婚することになる仁科亜季子の父上である。このドラマでは上司と部下の関係になるわけだが、まさか自分の娘と結婚するとは思ってもみなかったであろう。この当時仁科はまだ12歳だし。
佐七の下っ引き役である渥美清と克美しげるだが、その後の二人の明暗は大きく分かれた。渥美はNHK「若い季節」や「夢であいましょう」への出演で既に人気タレントではあった。克美も人気歌手となっていたが、デビューしたきっかけはNHKが開催したオーディションなので、その縁での出演だろうか。渥美は「男はつらいよ」シリーズで国民的人気スターとなって行くが、克美は76年に愛人殺害事件を起こしてしまう。模範囚ということもあり83年には出所しているが、そう間単に復帰はできず、2008年に都内で30年ぶりのライブをしたのが復帰と言えるのだろうか(13年に死去)。
ところで、松方弘樹は東映の俳優というイメージが強いと思うが、専属というわけではなく、当時は企画制作の重役だった岡田茂(後に社長)の個人預かりだったという。岡田は渥美清を東映で売り出そうとしたこともあり、「列車シリーズ」が制作されるが東映で喜劇は伸びなかった。岡田は、松竹から話があったこともあり渥美を松竹に送り出す。それが「男はつらいよ」に繋がっていったのである。