日活俳優録47 梶芽衣子(太田雅子) | お宝映画・番組私的見聞録

日活俳優録47 梶芽衣子(太田雅子)

芸能人の改名というのはよくあるが、中でも大成功を収めたと言えるのが梶芽衣子である。
梶芽衣子は47年生まれで、本名は太田雅子という。ちなみに市川雷蔵の妻も太田雅子である。実家は神田の老舗寿司屋となっていることが多いが、これは事実ではないという。父は調理師であったが、会社側は「調理師じゃ面白くないから寿司屋にしよう」ということになり、以後そういうプロフィールとなった。高校時代に高橋圭三のプロダクションに所属し、「おのろけ大合戦」(65年)という番組で高橋のアシスタントをしていたところをスカウトされ、同年の高校卒業と同時に日活に入社した。
本名の太田雅子を芸名として「悲しき別れの歌」(65年)に脇役でデビューを果たす。3作目の「青春前期 青い果実」で、子役スターだった太田博之とのW太田で主演となり売り出された。「太陽が大好き」(66年)等では、浜田光夫と主演するなど好調なスタートだったが、気が強そうに見える風貌が日活青春映画の雰囲気に合わないのか、脇に回ることがほとんどとなる。以降の3年間は純情ヒロインの引き立て役など不遇ともいえる時を過ごしている。
しかし、日活も任侠ものをやるようになり「日本残侠伝」(69年)に出演した際、マキノ雅弘監督から梶芽衣子という芸名を与えられる。当人のイメージにも合った改名は大成功し、任侠ものはもちろん、日活ニューアクションの不良ヒロインにもかかせない存在となった。特に「野良猫ロック」シリーズ(70~71年)には全5作に藤竜也と共に出演し、人気を得た。元々不良少女役は日活にはいないからと目指したものであった。ちなみにシリーズ4作目の「マシンアニマル」に歌手で出演している太田とも子は実妹である。それもつかの間、71年日活がロマンポルノ路線に転じることが決まると日活を退社してフリーとなった。
そんな時、東映では藤純子が引退したので、その後釜にと梶に白羽の矢を立てた。こうして72年、梶は東映に入社する。そこで梶が主演尾「女囚701号 さそり」が大ヒットして、シリーズ化されることになる。実は当時、婚約者がおり同棲もしていたため、梶はシリーズ3作目の出演を断ろうと揉めたりした。結局、「さそり」は4作作られたが、縁談は破談となった。ケンカ別れのような形で東映を退社したが、その後も東映作品には出演している。
婚約者と別れる際、彼から「誰とも結婚するな。一生仕事を続けろ」と言われ、梶はそれを守って現在も独身のままである。後に、その婚約者からのDVがあったことも告白している。

その後の活躍はここに書くまでもないが、やはり「鬼平犯科帳」(89年~16年)の密偵おまさ役が印象に残っている人が多いのではないだろうか。2016年まで28年間に渡って出演し続けていたのである。