東宝俳優録48 成川哲夫(伍代勝也、伍代達弘)その2
前回の続きである。成川哲夫は「東京バイパス指令」の後は、舞台の方に戻るのだが、成川は「これからはテレビの時代だ」と思っていたそうである。そんな折69年の半ばころ、「さち子プロ」の小川幸子社長を紹介され、「さち子プロ」の世話になることを決め東宝を退社するのである。結局、養成所時代から数えても成川の東宝在籍は二年に満たない期間だったのである。
当時の「さち子プロ」には、金田龍之介、高田美和、山岡久乃、有島一郎などが所属していたという。いずれにしろ、まもなく東宝は専属俳優制度を廃止してしまうこともあり、成川の選択は吉と出ることになる。
「打ち込め青春」(71年)という范文雀、石橋正次、中山仁が主演のドラマにレギュラー出演していた成川だったが、70年12月小川社長からとある事務所に行くように指示され尋ねると、そこに待っていたのはフジテレビの別所プロデューサー、ピープロの鷺巣富雄(うしおそうじ)社長、監督の土屋啓之助の三人であった。そう「スペクトルマン(宇宙猿人ゴリ)」主演の話だったのである。
年明けすぐからのオンエアが決まっており、一カ月を切った状況でオーディションをしている余裕もない。実は小川社長はフジテレビの出身であり、知り合いの別所Pからいい人がいないか頼まれ、成川を推薦したのであった。
一時間にも満たない面談だったというが、降って湧いたように成川の主演は決定したのである。うしおは成川の印象を「ちょっと三枚目かな」と思ったそうだが、結果的にはそれが良かったと語っている。
撮影はすぐに始まったので、「打ち込め青春」の方は残り数本だったが、降板している。公害Gメンの初代女性メンバーである金髪ウルフカットの小西まち子は、東宝ニュータレント6期生で成川の先輩だったわけである。他番組との掛け持ちだったことで、体調を崩し1クールほどで降板している。後に漫画家の谷岡ヤスジと結婚している。
番組タイトルが「宇宙猿人ゴリ」から「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」に変わったころ成川は結婚している。相手はニュータレント同期の関口昭子である。もちろん、養成所時代から交際しており結婚を急いだのは、彼女のスケジュールの問題があったからだという。関口はレギュラーだった「アテンションプリーズ」が丁度終わったところだったが、次の仕事がきまりそうな状態で、結婚が相当先になりそうだったので、急遽決行したのだという。関口も結婚を理由に東宝を退社する運びとなったのである。東宝側からは、いろいろと慰留の言葉もあったというが、彼女の短い女優生活は終わった。
「スペクトルマン」終了後の成川だが、ヒーローとしてのイメージが強くなってしまったせいか逆に仕事が減り、心機一転もあってプロダクションを移籍、芸名も伍代勝也、伍代達弘と変えていた時期がある(74~76年頃)。結局、「さち子プロ」に復帰し、芸名も本名である成川哲夫に戻している。
「噂の刑事トミーとマツ」(79~82年)では、東刑事役で長期レギュラーを務めたが、82年に師事していた空手の師範が交通事故死。指導者として道場を引き継ぐこととなるが、分裂してしまったため、83年に成道会を発足させる。空手に専念するため芸能界を引退したのである。
しかし、2010年の元日、肺がんのため65歳で亡くなっている。