東宝俳優録46 前田美波里 | お宝映画・番組私的見聞録

東宝俳優録46 前田美波里

前回の豊浦美子の同期、つまり東宝ニュータレント5期生として名前が挙がっているのが前田美波里である。
資生堂のCMで一気に有名になったので、モデルから女優に転身したみたいなイメージがあったのだが、違うようである。
前田美波里は48年生まれ。日米のハーフである。確かに鼻は高いし、日本人離れしたプロポーションではあるが、そこまでハーフ感は強くない気がする。
高校生の頃から芸能プロダクションに所属していたが、63年に芸術座のミュージカル「ノー・ストリング」のPRを兼ねて東宝が募集した「ミス・ノー・ストリング」に優勝する。ウィキペディアでは、ここで東宝現代劇に8期生として入団したとなっている。そのまま受け取ると東宝内部に劇団があって、そこに入団したということになるが、詳細は不明だ。ニュータレントにしても63年なら3期生ということになる。とにかく、64年にミュージカル「ノー・ストリング」で初舞台を踏み、その後も芸術座や帝国劇場の舞台に立っている。
映画初出演は「他人の顔」(66年)である。ウィキペディアにしろ、「日本映画俳優全集・女優編」などの彼女自身の項目には、東宝ニュータレントだったという記述はないのだが、65年に改めてニュータレント5期生として東宝俳優養成所に入ってもおかしくはない。
実際、67~68年にかけて脇役ではあるが、数本の東宝映画に前田美波里は出演している。
ちなみに、資生堂のキャンペーンガールに起用されたのは66年のことである。人気が上昇している最中である68年、ハワイのロケで知り合ったマイク真木と結婚、20歳のときである。一時期、仕事を離れアメリカで旅をしながら1年半を過ごしたこともあるという。
二人が離婚したのは76年のこと。真木が浮気をしたとかではなく、大雑把にいえば前田が仕事と家庭の両立は難しいと考え、一人で家を出たのだという。8年に満たない結婚生活だったが、個人的なイメージではもう少し長く夫婦だった気がしていた。また、離婚して40年経っていることも意外な気がした。
東宝ニュータレント出身という確証は得られなかったが、女優スタートが東宝であることは間違いないようだ。
おまけだが、冨士眞奈美の母方の叔母が、前田美波里の母のいとこと結婚ということで冨士眞奈美とは遠縁にあたり、前田美波里の母のいとこが、岸惠子の母方のいとこの妻の弟ということで、岸恵子とは遠縁にあたるのだそうだ。これで遠縁になるのか、さっぱりわからんが、キーパーソンは「前田美波里の母のいとこ」であることはわかった。