東宝俳優録23 若林映子
今回は若林映子である。彼女の名前を初見の人は9分9厘「えいこ」と読むと思うのだが、正解は「あきこ」である。何故「あきこ」なのかというと、夕映えの増すころに生まれたのにちなんで名付けられたということだが、よくわからない。ひょっとすると、彼女の顔を知っている人でも「えいこ」と読むと思っている人も多いかもしれない。
さて、そのアキコさんは39年生まれ。特に女優志望というわけではなかったが、57年の彼女が高校三年の夏休みに東宝が黒澤明の「隠し砦の三悪人」と谷口千吉の「海鳴り」の二作品の主演女優を募集していたのである。友人に誘われ軽い気持ちで応募したところ、最終選考まで残ってしまったのである。「隠し砦」のヒロインは御存知のとおり上原美佐が選ばれたが、彼女も誘いを受け、東宝に入ることになったのである。ちなみに「海鳴り」の方は未制作に終わっている。時期的にこれは谷口千吉が妻の若山セツ子を一方的に捨て、八千草薫と再婚したことで、干されたからなのかもしれない。
ところで若林映子だが、やはり目立つ存在ではあったようで、作家の小林信彦がデビュー前、出勤途中に毎朝すれ違うエキゾチックな顔だちの女子高生に興味を持ち身元を調べようとした、という今ならちょっと危うい感じのエピソードを書いているらしいが、その女子高生こそ彼女だったわけである。
映画デビューとなったのは「花嫁三重奏」(58年)で、ファッションモデル役であった。監督は本多猪四郎である。そして高校卒業後まもなく公開されたのが「東京の休日」(58年)で、山口淑子(李香蘭)の引退記念作品であり、東宝のオールスターキャストと言った作品だが、こちらもモデルの役だったようだ。山口は若林のような新人にも気さくに接してくれたという。
この後はしばらく東宝演技研究所でレッスンを受けていたというが、その最後の方に「俺にまかせろ」で主演である佐藤允の妹役に抜擢されている。「大学の人気者」「手錠をかけろ」(59年)等に端役で出演していた彼女だったが、突然イタリア映画「レ・オリエンターリ」(59年)に出演している。東洋各国の恋愛模様を描いたオムニバス作品で、日本編は東宝が協力、マリチェリーニ監督に書類審査と面接で気に入られた彼女が選ばれたわけである。マリチェリーニには子供がいなかったので、若林に「養女になってくれ」と申し出たそうである。
イタリア本国でこの作品を見たプロデューサーが、彼女を主演にした映画を作ろうと考えたらしい。タイトルもずばり「Akiko」(61年)である。日本とフランスのハーフという役だったが、ローマに5カ月近く滞在したという。ちなみに日本では未公開である。それが終わると今度は旧西ドイツの「遥かなる熱風」(61年)に出演という日独伊三国同盟状態であった。
これもやはり「レ・オリエンターリ」を見たドイツのプロデューサーが企画したもので、こちらも中国と日本のハーフという設定で、ドイツ人青年と恋に落ちるという話のようだ。こちらも日本では未公開である。
このように日本では、あまり実績もなく無名に近かった彼女だが、海外で人気を得て活躍していたわけである。