松竹俳優録31 松川 勉
木下恵介の作品でデビューした役者は多いが、松川勉もその一人である。
個人的には子供のころに見た「ジャンボーグA」(73年)に出てくるPATの隊員(後に隊長)のイメージなのだが、この時すでに役者として10年選手だったとは思わなかった。
松川勉は43年生まれ。高校時代よりモデルのアルバイトをしていたといい、62年に松竹からスカウトされ、63年の木下監督作品(脚本は山田太一)「歌え若人達」で、主演デビューを果たした。大学生たちを主人公とした作品だが、松川も慶應義塾大学に入学したところだったのである。
中心となる大学生役は4人で、松川の他、川津祐介、三上真一郎、山本圭である。川津は松川と同じ慶應で、山本は成蹊大学、三上は日本大学と、大学経験のある面々だが、三上はほとんど通っていなかったという。
この作品は松川が演じる主人公が連ドラの主人公にスカウトされるというストーリーで、現実とリンクしている部分があったのである。
続く木下作品である「死闘の伝説」(63年)にも松川は出演。未見だが、あらすじを見ると「本当に木下作品なのか?」と思ってしまうような血なまぐさい作品である。
菅原文太が岩下志麻を襲うが、友人の加賀まりこが助けに入る。そこで志麻は文太を石で殴りつけたが、これで文太が死亡する。文太は村長の息子で、村人は志麻を引き渡せと迫る。まりこの父・加藤嘉は志麻とまりこを山奥の小屋に逃がすが、暴徒と化した村人に殺される。志麻の弟・松川勉も殺される。まりこも撃たれて死ぬというのが大雑把なあらすじだが、見て見たくなる話ではある。
さて、木下は演技がど素人であろうと見た目優先で主役に起用したりするので、松川はこの後俳優座養成所に第16期生として入所している。1期前の花の15期生は有名だが、16期生となると「八月の濡れた砂」の広瀬昌助くらいしか見つけれなかった。
養成所卒業後は三島由紀夫率いる浪曼劇場に入団し、舞台に立っていた。映画出演は少なかったが、テレビドラマには、よく登場いていた。と言っても当時はあまり認識していなかったのだが。
「オレとシャム猫」(69年)は石坂浩二主演のオシャレアクションドラマだが、松川は途中から登場し、石坂不在の時に代わりに主役をやったりしていた。「白い牙」(74年)では、第1話で主人公藤岡弘に射殺される悪徳刑事村木の役。その汚名を藤岡がかぶって「事件屋」として生きていくというハードなドラマだったが、村木役が松川だったとは当時は気づいていなかった。大映のドラマだが、藤岡もレギュラーの川津祐介も松竹の出身だ。
80年までドラマ出演の記録があるが、そこでぷっつりと途絶えている。その辺りで引退したと思われるが、以降のことは全く不明である。松竹俳優として書いたが、大学生だったり俳優座養成所に通ったりで実際は入社はしていないのかもしれない。木下作品に3本出た以外はチョイ役で1本出たくらいしか松竹映画出演はないのである。