やりたいという意志に貴賎はない、という話。 | Work , Journey & Beautiful

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やりたいという意志に貴賎はない。「◎◎を食べたい」も「楽したい」も「あの子を笑顔にしたい」も「世界を平和にしたい」も、それぞれの人が本当に思っているのであれば、どれもこれも意志。そこにあるのは違いだけ。大小も、善し悪しも、貴賎もない。それをどこかから物差しを持ち出してきて、意志を測り始めるから、自分の意志に自信が持てなくなる。


また、やりたいという意志は、頭で考えるものじゃない。感じるもの。それなのに「本当にやりたいことは何か?」などと考えるから、分からなくなる。


やりたいことは、自分の心に聞く。感じる。自分がどう感じているのか、に対して自覚できるようになれば「やりたいことがない」なんてことはあり得ない。「やりたいことばかりで、選びきれない」状態にあることに気づく。


そこから、慣習的にやってしまっていたり、以前はやりたいと思っていたが実は物足りなくなってしまっている無駄なことをそぎ落としていけばいい。