ボランティアってものが変な方向に行ってるのを昨日見ました・・・


ドロかきだしえっちらおっちらしてたら、中学生くらいの子達の集団が歩いて来るのが目に入りました。


こんにちはーと元気よくうちの母に挨拶して、うちの母は少し話をしたようです。


私は裏と門扉外との往復に忙しくて、ああなんか子供の集団が居るな、くらいにしか思いませんでした。


あとで母から聞くに、彼らは「水を配ってる」のだそうです。


「老人宅(介護って言ってたかな?)」を優先的に、「250ml(350mlの間違いかも?ペット1本分のことだから)」の水を一軒一軒探して配ってるのだそうです。


脱力。。。。


ボランティアしたい気持ちは分かるけど・・・


それって誰の為のボランティア???


それを采配した大人も、大して役に立たなそうだから『それでもさせとけ』ってかんじだったのかな?


なんかお茶をにごされてるかんじ。


水は若い力なら汲みに行ける状態になってる。


学校の入口や、給水車の水は保存はきかないかもしれないけど、


若い力でチャリでもなんでも、2リッターのペットかなんかでドカンと運んでやれば、


それは1本でも老人には重くてしんどい量なので、喜ばれることと思う。


たかだか小さいペット1本を、数人のグループで配り歩くって・・・


彼らは悪くないでしょう、志願したらその仕事を割り振られたんだと思うので。


でも、なんだかなーと思ったことでした。



(こっからは、例えば、です)



ちょっと寄って、ドロ運んでくれた方がよっぽどボランティア。


そして大変さを分かってくれることがボランティア。


出しても出しても、全然減らないドロ。


終わりがないから、多分疲れが先にくるよ。


袋とシャベル持って、「突撃!出来る範囲でですけどこっちで勝手にドロかきだしますから!」ってした方が現実的だと思うし、現状、誰も嫌だと思わないんじゃないかなー。


手つかずの所は幾らでもあります。


ま、頼まないですけど。


ここ浦安の埋め立て地区が必要としているのは、


素人ボランティアではなく、


上下水道の復旧と、道路工事と、傾いた家の修繕です。