27日(木)は、志の輔師匠の独演会の出囃子で、高松さ連れてってもらいましたー!
午後羽田で待ち合わせて、志の輔師匠とお弟子さん達と音響のTさんと一緒に高松入り。
高松はー…高松はー… 高松の宮脇町は、幼稚園時代を過ごした所!
子供の頃引っ越しが多く、故郷という概念がないのを淋しく思う自分は、高松に行けるのがすごく嬉しかった。
会場とホテルと自分の住んでいた宮脇町は至近距離。
こんな近くまで来て行けなかったら…でも行けなくても仕方ないと思ってた。
ラッキーなことに、楽屋入りまで一人の時間があった!
タクシーで宮脇町にGOー!
36年ぶり。
もう番地も変更され、住宅の雰囲気も変わって、断片的な記憶のものは何も残ってなかった。
取り憑かれた様に探す自分を運転手さんは分かってくれて、何度も同じ所をぐるぐる、ゆっくり走ってくれて、「降りて近所の人に尋ねたらどうですか?」とまで言ってくれた。
おたまじゃくしを取った田圃はもう無かった。
遅くまで探検して親に心配させた山はどれだったんだろう。
友達と行こうねと行ってた小学校、グランドにあった赤い回る丸い遊具は無くなってた。
通った亀阜幼稚園は丁度改装中で・・・終業だからと取り壊しのおじさん達が帰るのみ。
園児や先生の活気などは残ってるはずもなく。
無いものをチェックしに来たんじゃないのにぃ(><)
父が遊んでくれた石清尾(いさわお)八幡さまに行く。
ハトにエサをやって、ハトが大勢集まってきくれて、手からお米を食べてくれるのがすごく嬉しかったのに、、、“フン害・ハトにエサ禁止”の看板があり。。。
馬の銅像・・・あったあった!子供のころは触れたのに、今はチェーンなんてしてるなぁ。
自分の記憶の通りに神社は配置されててホッとしたけど、なんか違う。
宮司さんに挨拶がてら尋ねてみたら、神殿は火事で焼けて再建したそう。
敷石も白いものに敷き変えたそう。
対の大きな銀杏の木も、一つ切ってしまったそう。
そうなんだ・・・
この若い宮司さんはなんと同じ幼稚園に通ってたw
私の5コ後輩だった、ははは
おみくじには、お詣りでお願いしたことの神様からのズバリのお返事が書いてあった。
ガクッ
なんとなくそうなんじゃないかと思ってたけど、ここまでそうなんだ。。。
あまりに落ち込んだので、くじびきタイプの(手で掴むやつ)恋みくじなど他に3つもひいた
恋みくじに爆笑!!!
「縁談:まだ早いので、話があれば断ること。」
だって!!!
でぇえええーーー!!まだ早いんですかっ
いつならいいんじゃーーー!爆爆爆
断ったらヤバいんじゃないの?!
そんなこんなで、楽屋入りの時間がせまり、アルファあなぶき小ホールへ待っててくれたタクシーでGOー。
志の輔師匠、まくらで話してたけど、ホテルから1人ぷらぷら歩いて楽屋入りしたら迷っちゃって大ホールに行ったりして、、、
ようやく小ホールに着いたらもう開場してて、そこで入場整理をしている男性スタッフに「楽屋はどこですか?」と尋ねたら「え…楽屋って…(あんた誰?ののり)」とけげんな顔されたそう。
周りのお客さん達の方が分かってるから、何も言わずニッと成り行きを見てたそうで。
ははは! 本人だよーって!笑笑笑
前座さん久しぶりに2人でたね、よかったぁー
師匠が一席目から降りて来て、お疲れさまですと楽屋前でお迎え。
したら「今何分だ?うーん、じゃ、ろく行ってくれー」ときまして「はい」と仲入り後すぐ高座に上がらせて貰いました。
あーーなんて高松のお客さんはあったかいんだろ~~~ さめざめ泣
「鉄九郎のかわりで弾いてます」っていつも言うんですが、それが何を勘違いしたか、自己紹介で「松永てつく…鉄六です」っていきなりつっかえた
そんな出だしでしたが、合方なぞ弾きました~
最初に喜撰弾いて緞帳上がりし(あ~~ この瞬間、次第にお客様の顔が見えてわーーと拍手の来る、この瞬間が好きだーー!!)その後、志の輔師匠の出囃子の梅咲と喜撰のここ似てますよね、とそれぞれちょっとずつ弾いたら、そでからテンテン!と太鼓の音が!
打ち合わせとか何もしてなかったのに!志の春さんがたたいてくれたんでした
後で尋ねたら、「板付の曲、途中から師匠の出囃子と似てたので、咄嗟に(太鼓)入れようかと思ったんだけど、やっぱり違ったんですよね。そしたらもう一度弾いたから、よっしゃー!と入れたんです」と。
すっごく嬉しかった~~
緊張するけど、やっぱりお客様の前で弾けるって嬉しいし有難い事です。
志の輔師匠に深く感謝なのです。。。
二席目、ロビーに演目の写真を撮りに行ったら、Tさんが居て「2階の客席から見て大丈夫だよ」って言ってくれたので、わーぃと見に行く。
丁度「届けるならじぶんで届けろー バタッ」のシーン 笑
やっぱね…舞台は正面から見ないとだめだっ^^
濃いいちんちでした。まる。
午後羽田で待ち合わせて、志の輔師匠とお弟子さん達と音響のTさんと一緒に高松入り。
高松はー…高松はー… 高松の宮脇町は、幼稚園時代を過ごした所!

子供の頃引っ越しが多く、故郷という概念がないのを淋しく思う自分は、高松に行けるのがすごく嬉しかった。
会場とホテルと自分の住んでいた宮脇町は至近距離。
こんな近くまで来て行けなかったら…でも行けなくても仕方ないと思ってた。
ラッキーなことに、楽屋入りまで一人の時間があった!
タクシーで宮脇町にGOー!
36年ぶり。
もう番地も変更され、住宅の雰囲気も変わって、断片的な記憶のものは何も残ってなかった。
取り憑かれた様に探す自分を運転手さんは分かってくれて、何度も同じ所をぐるぐる、ゆっくり走ってくれて、「降りて近所の人に尋ねたらどうですか?」とまで言ってくれた。
おたまじゃくしを取った田圃はもう無かった。
遅くまで探検して親に心配させた山はどれだったんだろう。
友達と行こうねと行ってた小学校、グランドにあった赤い回る丸い遊具は無くなってた。
通った亀阜幼稚園は丁度改装中で・・・終業だからと取り壊しのおじさん達が帰るのみ。
園児や先生の活気などは残ってるはずもなく。
無いものをチェックしに来たんじゃないのにぃ(><)
父が遊んでくれた石清尾(いさわお)八幡さまに行く。
ハトにエサをやって、ハトが大勢集まってきくれて、手からお米を食べてくれるのがすごく嬉しかったのに、、、“フン害・ハトにエサ禁止”の看板があり。。。

馬の銅像・・・あったあった!子供のころは触れたのに、今はチェーンなんてしてるなぁ。
自分の記憶の通りに神社は配置されててホッとしたけど、なんか違う。
宮司さんに挨拶がてら尋ねてみたら、神殿は火事で焼けて再建したそう。
敷石も白いものに敷き変えたそう。
対の大きな銀杏の木も、一つ切ってしまったそう。
そうなんだ・・・
この若い宮司さんはなんと同じ幼稚園に通ってたw
私の5コ後輩だった、ははは
おみくじには、お詣りでお願いしたことの神様からのズバリのお返事が書いてあった。
ガクッ

なんとなくそうなんじゃないかと思ってたけど、ここまでそうなんだ。。。
あまりに落ち込んだので、くじびきタイプの(手で掴むやつ)恋みくじなど他に3つもひいた

恋みくじに爆笑!!!
「縁談:まだ早いので、話があれば断ること。」
だって!!!
でぇえええーーー!!まだ早いんですかっ
いつならいいんじゃーーー!爆爆爆
断ったらヤバいんじゃないの?!
そんなこんなで、楽屋入りの時間がせまり、アルファあなぶき小ホールへ待っててくれたタクシーでGOー。
志の輔師匠、まくらで話してたけど、ホテルから1人ぷらぷら歩いて楽屋入りしたら迷っちゃって大ホールに行ったりして、、、
ようやく小ホールに着いたらもう開場してて、そこで入場整理をしている男性スタッフに「楽屋はどこですか?」と尋ねたら「え…楽屋って…(あんた誰?ののり)」とけげんな顔されたそう。
周りのお客さん達の方が分かってるから、何も言わずニッと成り行きを見てたそうで。
ははは! 本人だよーって!笑笑笑
前座さん久しぶりに2人でたね、よかったぁー
師匠が一席目から降りて来て、お疲れさまですと楽屋前でお迎え。
したら「今何分だ?うーん、じゃ、ろく行ってくれー」ときまして「はい」と仲入り後すぐ高座に上がらせて貰いました。
あーーなんて高松のお客さんはあったかいんだろ~~~ さめざめ泣
「鉄九郎のかわりで弾いてます」っていつも言うんですが、それが何を勘違いしたか、自己紹介で「松永てつく…鉄六です」っていきなりつっかえた

そんな出だしでしたが、合方なぞ弾きました~
最初に喜撰弾いて緞帳上がりし(あ~~ この瞬間、次第にお客様の顔が見えてわーーと拍手の来る、この瞬間が好きだーー!!)その後、志の輔師匠の出囃子の梅咲と喜撰のここ似てますよね、とそれぞれちょっとずつ弾いたら、そでからテンテン!と太鼓の音が!
打ち合わせとか何もしてなかったのに!志の春さんがたたいてくれたんでした

後で尋ねたら、「板付の曲、途中から師匠の出囃子と似てたので、咄嗟に(太鼓)入れようかと思ったんだけど、やっぱり違ったんですよね。そしたらもう一度弾いたから、よっしゃー!と入れたんです」と。
すっごく嬉しかった~~

緊張するけど、やっぱりお客様の前で弾けるって嬉しいし有難い事です。
志の輔師匠に深く感謝なのです。。。
二席目、ロビーに演目の写真を撮りに行ったら、Tさんが居て「2階の客席から見て大丈夫だよ」って言ってくれたので、わーぃと見に行く。
丁度「届けるならじぶんで届けろー バタッ」のシーン 笑
やっぱね…舞台は正面から見ないとだめだっ^^
濃いいちんちでした。まる。