正しく生きれば救われる。
学べば分かるようになる。
けれど現実は、どれも中途半端に当たっていて、決定打にはならなかった。
私は、いじめる側といじめられる側の両方を経験し、
信じる側と疑う側の両方を通り、
宗教、仕事、人間関係、愛情、挫折、喪失を一通り味わってきた。
品質管理、運輸、接客、介護、清掃、製造、風俗業界。
職種も立場も極端に違う現場を渡り歩きながら、
一貫して見てきたのは「人が苦しむ構造」だった。
誰かが悪いわけじゃない。
正しさが足りないわけでもない。
ただ、この世界は
思っているよりもずっと構造的で、
思っているよりもずっと残酷で、
同時に、驚くほど自由だった。
多くの人は
「正しさ」や「成功法則」や「安心できる答え」にすがる。
それが悪いとは思わない。
そうしないと、生きていけない時期もある。
けれど私は、そこに違和感を覚え続けた。
なぜ同じことを学んでも、救われる人と苦しみ続ける人がいるのか。
なぜ正しいはずの教えが、支配や依存に変わっていくのか。
なぜ「良くなりたい」という思いが、逆に人生を縛るのか。
その問いの果てに辿り着いたのが
人生は「神芝居」であるという認識だった。


