子供の頃からの『癖』で『やってはいけない』事
によって『自己否定』『自己卑下』『制限』
『諦め』『苦しみ』『悩み』『苛立ち』『孤独』
を感じて来なかった?
僕は『自分自身の存在そのものを否定』していた
そんな時期がある。
『早く人生終わりたい』『生まれ変わりたい』
『今度こそ思い通りに生きたい』
『周りが悪いんだ』『自分は悪くない』。
『自分の存在価値を見出せなかった』
人生そのものを否定、拒絶していた。
やたらと『家柄』『人柄』『土地柄』を謳い
当て嵌まらない自分には価値がない。
としか思えない時間があまりにも長かった。
25歳ぐらいまで『価値のない人間』だと
思い込んでいた。
そう『思い込んで制限を掛け、縛り付けていた』
のは他でもなく『自分自身』だった。
そう気付くまでに『30年』も掛かってしまった。
ただ『思い込みの檻』に『自ら入り閉じていた』
なんて『思ってもみなかった』から驚きだった。
『想い』のチカラって凄いな。
思い込んだら『簡単には出られない』
周りは『役割』で演じて『そう思わせた』のは
『自分自身』だなんて『間抜け』な気がした。
『家』でもなく『先祖』でもなく『社会』でも
なかったのだ。
『親の怨む』『先祖を怨む』『社会を怨む』のは
お門違いだった。
だから『世直し』『社会を変える』のが
とんでもなく『エネルギー消費する』行為で
実現しない理由でもあるんだ。と理解した。
どれも『望んでいた通り』だった。
『なんとなく、そんな気がしていた』
そんな感覚。
まるで、決まっていた、なんとなく思っていた通りに。
自分で決めていたんだ。と、思う人もあれば、違うと
思う人もいる。
どちらも『決まっていた』物語の一部である。
過去の経験を振り返ると『思い当たる節』がある。
忘れていただけである。
『人生の脚本』を意識して振り返り、思い出してみると
繋がる部分がある筈なのだ。
『デジャブ』を感じる時も『そう』なのである。
『予感』がら働く時もあれば、サプライズの如く
突然やってくる事もある。
それも『脚本』通りなのだ。
聡明な『あなた』なら気付いていたかも知れない。
でも『まさか』って『消してしまう』のも『脚本』に
従っただけだとしたら?
『主導権』は『自分自身』ではなかった『自分の人生』
ところが、やっと『自分の人生の主導権を取り戻す』
事が出来る『刻(とき)』が、やってきたのである。
本来は誰もが持っている感覚で、『違和感』
気のせいではなく『正しかった』感覚だった
のだと『認識出来る刻(とき)』が、待ち望んで
いた『刻(とき)』が、やってきた。
気づいてしまえば生きる重さがひとつ軽くなる。
意識とのズレ、歩んできた選択の理由、
繰り返してきたパターン。
そのすべてに、一つの筋が通る。
『仕組み』と『構造』と『秘密』を理解したら
『投影』されている“モノ” “幻想”だと
『認知』するようになれる。
表と裏、舞台と楽屋。そのあわいに流れる
“もう1つのシナリオ”を読み解く。
人が自分の人生で“配役を見失った”とき、台本を
照らし、舞台の構造を整え、演技を刷新する。
その三位一体を体系化した
「ファンタジスタ神芝居メソッド」
・世界観の再構築
・台本(役割)の再定義
・人生舞台のスクリーン設計
・演技(行動)の最適化
心のざわつきは“役割のズレ”のサイン。
感じ取れる者だけ、次のステージへ。
必要な人にだけ届けばいい。
けれど届いた者の人生は確実に動き出す。






