取り返しのつかない出来事への深い後悔が胸に染みる。マーガレット・アトウッドの『昏き目の暗殺者』 | てっちゃんの明日を探して

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この小説のことを、ずっと書きたかった!

ノーベル文学賞を受賞したカナダの作家、マーガレット・アトウッドの『昏き目の暗殺者』。

本書で、世界的に最も権威のある文学賞のひとつ、イギリスのブッカー賞と、ミステリ文学賞の最高峰、アメリカのハメット賞を受賞しています。

ミステリであり、人間の暗部を描く心理小説であり、ひとりの女性と彼女が生きた時代を描く大河小説でり、作中小説としてSFも出てくる、1粒で4度も5度もおいしい、贅沢な1冊です。

 

 

あらすじはこう下差し

1945年、妹のローラは車ごと橋から転落して死んだ……あれは本当に事故だったのだろうか? いま、年老いた姉のアイリスは、孤独のなか自分の来し方とともに思い返す。それに、ローラの死後出版され、彼女を伝説の作家にまつりあげることになったSF小説『昏き目の暗殺者』に描かれた恋人たちは誰がモデルなのだろうか? 

わたしたちチェイス家は代々、町いちばんの名家だった。だが家業が傾き、わたしは台頭してきた実業家・リチャード・グリフェンのもとに嫁ぐことになった。無垢そのもので世事に疎い妹ローラには、家運を背負ってのわたしの決心など理解しようもなかった。やがて、娘をもうけたわたしの前に、すべてを突き崩す事実が立ちふさがる……。
ある一族の波瀾の歴史を、孤独と追憶の迷宮のなかに描く、近代・現代文学の総決算。

 

amazonに小説の表紙画像を取りに行くと、いやでも口コミ評価のタイトルが目に入るんですが、この小説を「ただの不倫小説」と書いている人がいました。

え、びっくりガーン

そのような読解力しかないのに、よくこんな噛み応えのある小説を読もうなんて思ったね。

そういう方にはヤングアダルト文庫をおすすめしますニコニコ

 

最初に触れましたが、この小説は非常に凝った作りになっています。

まず、毒舌で孤独なおばあさんが出てきます。

これが「現在」のアイリス。

彼女は、若くして両親も妹も夫も亡くし、娘も孫も失っています。

なぜそんな哀しいことになったのか?

それを語るのが過去パートです。

そして、ところどころにアイリスや名士である夫の動静を報道する新聞記事やゴシップ誌の記事が挟まり、妹のローラが書いた小説の断片も挟み込まれます。

この小説がまたクセモノで、小説内には秘密の関係にある男女の会話パートと、男が女に寝物語で語るナゾのSFパートがあるんです凝視

SFっていうより・・・異世界もの?

このように、小説が入れ子細工の複雑な構成になっているため、1粒で何度もおいしいのですが、そんな凝った体裁の不倫小説なんかありません。

ただの不倫にそこまでの価値はない。

これは、取り返しのつかない過去についての、苦い苦い後悔の物語です。

 

毒舌を吐きまくる現在とは違い爆  笑若い頃のアイリスは、おっとりした世間知らずのお嬢さんタイプでした。

だから、アイリスは気づいていなかったんです。

ときに唯一の理解者であり、ときに「ガンコでやっかいなお荷物」であり、「私はかごの鳥なのに自分だけ自由に好き放題している」と、心の中で嫉んで、張り合ってすらいた妹に、自分がいったい何をしたのか。

 

アイリスはしっかり者の母を幼くして亡くし、「名家の三代目」といういかにも経営手腕なさそうな父が、案の定ダメにしかかった家と家業を救うために、めちゃ年上の男と政略結婚させられ、男の妹である性格極悪な小姑にいびられます。

この兄妹は異常なほどベタベタしているので、最初「そういう」関係なのか?と思ったのですが、とんでもない!!

この兄はもっと酷い男でした。

 

アイリスがそれを知ったのは、妹に取り返しのつかないひと言を告げてしまった後。

そのときには、妹は「車の事故」で亡くなっていた。

もちろん、事故のはずがないということは、アイリスにもよくわかっています。

妹の最後の心の拠り所、いちばん美しくやさしい思い出を、つまらない優越感に浸りたいがために、自分が完膚なきまでにたたき壊した後なんですから。

 

みなさんにもこういう後悔ってありませんか?

私にはいくつもあります。

自分の愚かさのせいで引き起こした、取り返しのつかない過ち。

その苦い苦い思い出の数々。

忘れられない仕事上での大失敗ってのもありますけど💦いちばんキツイのはアイリスと同じ、人間関係の「取り返しのつかなさ」です。

今思い出しても、苦しさに身もだえする。

相手の足元に身を投げ出して、「ごめんなさい!許して!!」と謝罪したくなる。

それがもはや叶わない相手もいる。

もちろん、犯罪とかじゃないんですよ?

じつに些細なことです。

でも、だからこそ細い棘になっていつまでも抜けない。

だから、私にはアイリスの気持ちがよくわかります。

 

どこかぽおっとしていたアイリスが、夫の死後、長年、田舎モノ、お子ちゃま、無教養とバカにしてきた義妹を、痛快な言葉の針で突き刺し、やり込めるシーンは胸がすく思いがします。

ただ、そのせいもあって、アイリスは娘を義妹に取り上げられてしまうんですけどねショボーン

 

自分が犯した過ちと向き合いながら、孤独な晩年を生きるアイリス。

彼女は、本当はとても強い人です。

時代に、家族に翻弄されなかったなら、きっと実母と同じしっかり者のお母さんとして、一家のゴッドマザーになっていたはず。

ぜひ彼女の、数奇な一生、サクマドロップス(これ知ってる人いる?爆  笑)のようにさまざまな風味に満ちた人生を、味わってみてください。