腰痛の快復度は未だ8割程度である。スキーシーズンが迫っていると言うのに気が気ではない。ずっと養生していたが、そろそろトレーニングを兼ねて動き出した方が良いと思い、今日は久しぶりに吾妻山に行く。天気も良いし暖かい。トンビ岩まで登ると、若いカップルが休んでいる。この上の吾妻山には未だ登ってないと言うので促して一緒に登る。若者がこの山に登って来るだけで嬉しくなる。一昨年までは部活などで若者とよく登ったが、最近行き会うのは中高年ばかりであった。何処の山に出掛けた時でも、若者が居るという事は気分が高揚する。子供や若者には希望や未来を感じる。山頂に着き話していたら、なんと教え子Aちゃんの友人との事であった。今度Aちゃんも一緒に皆でスノーボードに行く約束をする。


今月一日に毎年恒例の我が家の庭の植木剪定を開始した。これが終了しないとスキーに行けない。今年もいよいよ11月になったので始めたところ、梯子の上で無理な姿勢をした時、腰に痛みが走った。翌日からは全く駄目で、今日まで半月間殆ど家でゴロゴロしていた。接骨院やマッサージに通ったりしてなんとか少し痛みが和らいだ。今日は4000回の区切りでもあり、なんとか頑張って吾妻山に登ってきた。ある程度は動いた方が良いと聞いたので・・・。でも、調子はそんなに良くない。植木仕事もまだ無理なようだ。なんとか年内には腰も治し、植木剪定もやり遂げ、スキー三昧としたいものである。

(この写真は我が家の子供達がこんなにも可愛かった時に、吾妻山の山頂で撮ったものである。)


黒部ダムから下の廊下を歩いて阿曽原小屋に泊まり、更に翌日、欅平まで歩いた。トロッコ電車で宇奈月まで来て、そこの本屋で吉村昭著の新潮文庫、「高熱隧道」を手に入れた。戦時体制下における軍の電力需要の期待もあり、300名余の人夫の犠牲の上に完成された仙人ダム(この写真)建設に係わるドキュメント作品である。暢気に紅葉を愛でながら歩いてきた事が恥ずかしくなる思いであった。歴史を学ぶ事は如何に大切であるかを再認識させられる。



ショートステイが取れたので、母を10日間、入所させた。その間に念願の黒部下の廊下をはじめ、いくつか山登りを計画した。紅葉の下の廊下を感動のうちに歩き、次の山の中腹に幕営していたら、真夜中に携帯が鳴った。「母、危篤」との事。ヘッドランプで下山して、高速で帰る。肺炎・・・、これで4度目である。今日まで二晩付き添ったが、容態に変化がない。でもきっと快復するだろう。そんな気がする。10日間の山旅も4日間で終わった。携帯は有り難いのかなぁ・・・・・・?。


エンジントラブルの方は何とか快復しつつある。健康な人の75%は何らかの原因でやはりトラブルを起こしているとか。上手く付き合ってゆく事なのかなと思い始めた。

そんな訳で、あまり出掛けていない。おかげで本がよく読める。読み始めると、ついつい夢中になって読んでしまう。それが許される境遇でもある。感動をしながら多くの事が学べる。「読書は人生を豊かにするし、人間を成長させるなあ~~」。  今更でもないか。

それにしてもこの美しい地球がいつまで美しいままでいられる事か・・・・・。


ついにエンジントラブルです。一週間ほど前から、少し胸が変な気分になる時があったので、今日何気なく脈を測ったら、なんと時々打たない一回があるのです。その時によって異なりますが、10回打った後一回休みとか、20回打った後一回休みとか・・・。休日なので当番医に行き心電図を測定、やはり不整脈との事。明日、専門医に行き詳しく検査する予定です。煙草はやらず、酒もたまにワイン程度、スポーツはガンガンやってきたので、まさか自分のエンジンが不調になるとは思ってもいなかったのに・・・。まあ所詮我々はこの広大な宇宙のシミにもならない存在だから・・・。(。>0<。)

この時期の総理の退陣には全国民が驚き、呆れている。やはり「ドタキャン総理、無責任総理、登校拒否総理、あいまい総理・・・などの呼称は歪めないだろう。それにも増して小泉チルドレンの醜態は更に国民の怒りをかっている。、先の参院選での自民党惨敗が、弱者切捨て等の小泉政治改革に怒った国民の声である事を思えば、その張本人を再度担ぎ出す事など、国民無視もはなはだしい。自分達の保身以外の何ものでもない。恥を知りなさい。  そして長州・毛利元就の末裔でなく、今度の総理総裁は弱きを助ける任侠・上州国定忠治の末裔の福田氏にやってもらいたいものである。


毎年のように行っている新潟県の粟島。今年は好青年の金子君も参加した。彼は水泳が得意でない。シュノーケルも初めての経験である。ところが、慣れてくるとどんどん潜り魚と戯れる。耳抜きも問題なく出来る。大したものである。民宿「後藤」の親類の子供ともすっかり仲良しになる。桐工山岳部時代は部長も務め、積極的に活動した。山の青年は海でも期待できる青年であった。

久しぶりだね。半月ばかり北海道に行って来たよ。前回、行きそびれた礼文島にも行き、礼文岳にも登った。

その後、前回縦走が出来なかった大雪山の縦走に挑戦した。やはり旭岳から入り、北海岳、白雲岳、小泉岳と歩き白雲岳の避難小屋泊。次の日は上々の天気の中、雲上の散歩を満喫して忠別岳、化雲岳を経て、ヒサゴ沼避難小屋泊。翌日から気圧の谷に入り、悪天が予想されるので先には行かず、トムラウシを登り連泊。そして四日目に天人峡に下山した。その後は登山の熱も冷め、富良野、夕張、支笏湖、積丹半島、小樽など彼方此方、観光旅行的に過ごした。久しぶりにのんびり出来て、命の洗濯になったよ。 では皆も元気で頑張るんだよ。


母が入院してしまった。一時は主治医から「覚悟してくれ」と言われた。しかし驚異の回復力で元気になった。92歳である。60兆個の細胞が懸命に頑張ったのだろう。その生命力には目を瞠る思いである。その遺伝子やらDNAやらが自分にも流れているのか!これから先が長そうである。そして老老介護がまだまだ続きそうである。なかなか自由になれません。その分、身体を鍛えておこうかなと思う今日この頃であります。