千紘会の行われた4日の日曜日。
場所は須磨寺寿楼。
私からすれば小さなころからの遊び場でもあり、地元感が強い場所でした。
何より須磨寺の墓園には父方のお墓があり、祖父母(鐵吉治、鐵吉佐)そして和佐次朗も眠っています。
当日到着の忠五郎家元にご挨拶して舞台もご一緒していただいた後、一足先に帰京される家元から和三千紘師匠を通じて、和佐次朗さんのお墓参りに行く時間はあるかとのお問い合わせがありました。
会場で師匠方からそのお話を聞いて家元のもとに…。
家元は1時間後にこちらを出られるので、お墓まで歩いて行って帰って来ることができるかとのお問い合わせがありました。
もちろん普通に歩いても10分かからないほどの距離ですので、そのまま二人きりでお墓へ向かうことになりました。
なんて、若いころを一緒に過ごされた和佐次朗さんを思い、なんて優しい家元なんでしょうと私がお供を務めるのも凄くありがたいお話でした、
先に到着されている鉄九郎師匠や忠次郎師匠はすでに早朝からお参りしていただき…。お墓の中で和佐やんが今日は賑やかやなぁと言ってる気がします。
なかなか家元と二人きりになるというのは緊張するものでございまして…寿楼を出て須磨寺の方へ向かいました。
小さいころに釣りをしに来ていた大池のほとりを抜けて須磨寺の境内へ向かって緩やかな坂を上っていきます。
家元はご高齢ですが、現役のゴルファーで失礼ながらわたしが思った以上の健脚にデーブな私はついて行くのが精一杯(笑)
貴重な二人に時間…出来るだけのお話を聞きたいと思いながらも息が上がってしまい、途切れ途切れの返事に家元が心配してくださる始末...。
なんでやね~ん(笑)
色とりどりの境内を抜けて墓所の手前の最後の上り坂。
実はここには敦盛の首洗い池という小さな池があります。
熊谷直実が平敦盛の首を取り、それを洗い清めたという実際に池というには小さなものですが…その横を抜けてすぐに墓所が見えてまいります。
お墓の前に立った家元がお墓を両手で抱えられながら亡き和佐次朗さんに話しかけておられました。それは何度も…今度はいつ来られるかわからないしなぁと…。
昔を思い出しながらお話をされながら参っていただきました。
父も祖父母もみんな喜んでいたと思います。
家元も鐵吉治さんの須磨の家にはよく行ったんだよとお話をして下さりました。
その須磨の家こそが和佐次朗さんの家でもあり、私の生家でもありました。
家元のやさしさに嬉しくなりながら帰り道をお供させていただきました。
なんか不思議な30分ほどの行程でしたが、とても良い時間を過ごしました。
舞台の上では家元の横で、もう緊張が解けずマスク付けたままのを玉さんが撮ってくれたビデオ見るまで判りませんでした(笑)
ドキンチョーしとるやないと云うほどの舞台となってしまいました^^
天狗倒しの~のとこ、テンツツトツン~♪ 唄より先に出ちゃった時の家元の(*´Д`)って表情が忘れられません。
い~っつも鉄九郎師匠に注意されながら本番でもやらかすという…。
師匠、家元申し訳ございませんでした…。
