先日、息子に子供の頃の話をしていて、ふと昔のことを思い出しました。
私が小学校低学年頃、家族でキャンプに行ったことがあります。
当時は携帯ゲーム機も無く、当然スマホも無ければYouTubeもありません(笑)
父親は薪を割り、キャンプファイヤーの準備、母親は料理。
私は特にやることがありませんでした。とにかく暇でした![]()
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そして暇が限界に達したとき、父親が割った薪の中で何となく丁度良い形の薪が目に入りました。
これ、剣にできるんじゃないか??![]()
多分そんなことを考えたんだと思います。
手ごろな1本を選び、先端を火で少し焦がして、その辺にあった平らな石でひたすら削り始めました。
刀を砥石で研ぐように。
何をしていたかというと、薪で「剣」を作っていたんです。
今考えると、なんて地味な遊びでしょう![]()
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焦げた部分だけ削るのです。すると何となく両刃の剣の形になっていく。(分かりますかね???)
実際の刀鍛冶も火に入れてから叩いたりして成形するのでそれっぽくて好きだったんですよね~。
多分![]()
プロっぽいし。
息子にこの話をすると、
「え?なんか楽しそう」
そして、
「で、実際切れたの???」
もちろん切れません(笑)。強度も増すわけではないし。
でも、今になって思うと、私は剣で何かをしたかったわけではないのです。
振り回したりもしなかったです。
一番楽しかったのは、石で薪を削って、少しずつ形を作っていくことでした。
削る→形が変わる→ここをもう少し削ろう→また削る。
その繰り返しが楽しかった。 最後は薪として燃やして終わるだけ。
工程自体に魅力があったんですね。
これって、今の自分とあまり変わらないんじゃないかと思いました。
今の仕事でも、傷を削ったり、磨いたり、欠けたところを直したりしています。
最初に就いた仕事は金属加工(磨き屋)だったり(笑)
趣味のSEGUNDOでも、壊れた古いおもちゃを見て、「これ、どうしたら直せるんだろう」と考えています。
小学生の頃は薪を石で削っていた。今は工具で物を直している。
やっていることは全然違いますが、「目の前にあるものに手を加えて、変化させていくことが楽しい」という部分は、もしかしたら同じなのかもしれません。いや、それが自分の原点か??
そして、もう一つ思ったことがあります。
今の子供たちは、スマホやYouTubeがなければ「つまらない」「やることがない」と言うことがあります。
でも、人間って本来、何もないところから遊びを作れるんじゃないでしょうか。
ゲームがなければ、周りにあるものを使う。
おもちゃがなければ、自分で作る。
暇なら、暇な時間そのものを遊びに変える。
私の場合、それが薪と石でした。
立派な剣ではありませんし何となく尖ってるだけ。
当然、切れません。
でも、あのときはそれで十分楽しかったんです。多分1~2時間平気でやってました![]()
限られた中で自分が楽しいと思えた 自分だけで考えた遊び。
それからキャンプに行くたびに毎回やってたのを思い出します。
毎回やるもんだから、父親も「これ、剣を作るのに丁度良さそうだよ!」と、いい感じの薪を渡してくれました。
大人になってからはさすがにやってませんが、今度キャンプ行ったら確実に息子を誘ってやると思います![]()
そして確実に当時よりクオリティは上がっているはず(笑)
当時の自分と勝負だ![]()
もしかすると、子供の頃の遊びには、その人の「好き」の原点が隠れているのかもしれませんね。
そして何十年も経った今、私は相変わらず、物を削ったり、磨いたり、直したりしています。
考えてみれば私は、あの頃からずっと同じ遊びをしているのかもしれません。
最後まで読んでいただきありがとうございます![]()