写真。
一昨日(5/7)の郵便物はこんな状態デシタ。
GW期間では、連休前半明けの4月30日にも同様のどっちゃり郵便物。そして、一昨日は写真のような状態。「郵便が届いた」という有り難みが薄れます。のみならず、昨日は?と言えば、なぜか速達以外の配達はなかった(拙宅に郵便物がないことはほとんどないのに!)。
郵政当局は、郵便文化(文字活字文化)を自ら破壊している。そう思えてならない。
以下、例示する。
① 小さな(=儲からない)郵便物への軽視、もしくは敵視(窓口ではやたら速達便を勧められる現状は皆さんご存知の通り)。
② 第三種郵便物への敵視(まさしく「敵視」。この実態は何度かアップしている通りだ)
③ 貯金文化の破壊(小銭入金に「手数料」を取る! ナント情けないこと)
④ 「貯金通帳」の衰退(「預金」ではない「貯金」。日本人らしい清貧さが背景にあった)
③ 学資保険の衰退(昔は子どもが産まれるとみんな入ったものだ。当局自らの不正で、現状はヒドッ、とか)
この先、郵便行政はどこに向かうのか? 自ら崩壊の道を推し進めるのだろうか?
小泉純一郎元総理から始まった「郵政民営化」の再検証が、いまこそ必要なのではなかろうか?