宙を舞った男 | アラフォー恋愛事情

アラフォー恋愛事情

色々こじらせちゃったアラフォー女子の誰も知らない独り言。
好きなことを好き勝手に綴る回想と備忘録。

20年ほど前、毎晩どこかしらのクラブに入り浸っていた時期があった。
集まるメンツは大体決まっていて私みたいな一般人だけでなく音楽プロデューサーやらモデルやらタレントやら、とにかく派手に遊んでいたけど身持ちだけは固かった。
興味のある人しか視界に入らなかったから。

そんな時に出会ったのが彼だった。
ギラついた目と真っ白な歯が印象的で、時折り見せる神経質な表情に無性に好奇心を掻き立てられた。
とにかく筆舌し難い色気のある男だった。

因みに私は未だにこの類のニオイにはめっぽう弱い。
滅多に居ないけど。

そんな彼に通りすがりにケータイ番号を握らされて撃沈したのは言うまでもない。
握手して手のひらを指でなぞるのも流行ってたからね。

それからの私たちは何度も戯れた。
SもMも両極端に併せ持っている私たちの相性はかなり良かったから。
時には私の女友達とダブルブッキングなんてこともあったけど、そんな時は仲良く三人で戯れた。

彼は当時のマスメディアに頻繁に取り上げられるクラブのオーナーであり、また自らもクラブカルチャーのアイコン的存在の一人だった。

魅力的な容姿とステイタスも相まって彼には女が絶えなかったけど、自分のモノにしたいとは思わなかった。
私の手には負えないとわかっていたから。

ある時いつものように戯れていると彼は突然トイレに身を隠し何かブツブツ言いながら何時間も出てこなかった。
こうなっては為す術がなく私は諦めて一人で帰るしかなかった。

また別の日にはこんなことがあった。
股間をナイロンロープでギチギチに縛り上げたままロープがほどけないとパニックになり何時間もお風呂場に籠城したのだ。
ほどけるようにしてあったしハサミもあったのだけど、彼にはもう私の声は聞こえなかった。

速度を増してどんどん堕ちていく彼には私の幼すぎる包容力は無いに等しかった。

程なくしてクラブからレイヴやアングラに移行した私はみんなとも疎遠になっていき彼とは別のグループで時々顔を合わせるくらいの仲になっていた。

それでも数年は多方面から噂を聞くこともあったけど次第にそれも無くなって忘れ去っていた。


そんな折、彼の訃報を突然知らされた。
ある繁華街のビルの屋上から飛び降りたと。

そこは私もよく行ってたし何より彼にとって所縁の場所だった。
詳しい事情はわからないけど、まだ彼はソコに留まっていたのかと愕然とし何とも言えない気持ちになった。

葬儀には勇気が無くて参列しなかったけど、後から沢山の人たちがお別れに来ていたと聞き少しだけホッとした。
孤独で逝ったわけじゃないんだと。

でも最期に彼が感じたのは生温い宇宙と硬いアスファルトだったんだよね。

前に彼が家に来たいと言ったとき、引っ越ししたばかりでソファーも何もないからと断る私に

「僕はソファーが欲しいわけでも何でもないんだよ」と言ったのが印象的だったな。

受け入れてほしかったんだね。
今ならわかるよ。

今年は三回忌。

ご冥福をお祈りしています。