お父さんが突然死んでまだ1年も経っていなかった。
普通に死んだならともかく、そうではないわけで、あたしたち家族がそこから再生するにはそれなりの努力が必要だった。
ううん、正直言って今だって心底立ち直れたわけじゃない。
少し前にも言ったけど、今でも思い出すと何とも言えない気持ちになる。
お姉ちゃんだってお母さんだってそうだと思う。弟は本当の理由を知らないからまたちょっと違うと思うけど。
もっと色々つらい思いをしてきた人が世の中にはたくさんいる事も想像はできる。事実そうだと思う。それでもお父さんの自殺っていうのはうちの家族には大打撃だったわけで、そこから、昔みたいに笑って生きていくにはあたしたちそれぞれにたくさんの妥協や葛藤があったはず。あたしはそうだった。
だけどお父さんが死んだからノンちゃんと出逢ったのも事実。
お父さんの死に感謝はしないけど、意味を感じる事はあるの。
そしてお母さん。
お父さんと恋愛結婚して先にあんな形で死なれて。
悲劇だと思うよ。
でもあたしたち、弟は学生だしまだまだお金がかかるよね。
そういう中でお父さんがいた時と同じようにお金で不自由させないように、自分も働いてくれて。
きっとお父さんがいないから我慢しなきゃいけない、とかそういう気持ちにさせたくなかったんだと思う。もちろんお父さんが生きてた時もその後も、贅沢な暮らしをしてたわけじゃないよ?そこは分かるよね。
だからお母さんにはたくさん感謝をしなきゃなんない。心配や迷惑はかけちゃいけない。
頭では分かってるんだ。
だけどあたしはお母さんにこう言った。
「お母さん、あたし大阪に好きな人がいて、同棲したいから向こうに行こうと思う」
もっと順をおって話すとか、色々考えてたんだけどね。
でもやっぱりダラダラ話すより結論から言う事にしたんだ。
ちょうどその日はお姉ちゃんも弟もどっかに出かけてたんだかなんだかでお母さんと2人きりだったんだよね。
だからちょうどいいや、って思った。
ノンちゃんが次の休みに東京に来てくれる事になって、だからお母さんに逢って欲しいって頼んだ。
お母さんはなんかの番組を観てたんだけどそれを消してあたしを見つめた。
「同棲はダメです」
お母さんははっきりとそう言った。
いきなり反対されたからね。
あたしはカッとなった。
「は?なんで?」
お母さんは物凄く冷静だったと思う。
「ちゃんと最初から説明しなさい」
あたしはまず、会社の忘年会でノンちゃんに逢った事、彼がうちの会社のアルバイトをしている事、最近、就職が決まって会社を辞める事、そこに勤める事を話した。
それからもう何回か大阪に逢いに行っている事も。
「あんた、友達のうちに泊まりに行くとか旅行に行くとか全部嘘ついて泊まりに行ってたの」
お母さんはまずそれを聞いた。表情は険しくって怖かった。
怖気づいてはいけない、とあたしも負けじと眉間にしわを寄せた。
「全部が全部嘘ついてたわけじゃないよ。本当に旅行だった時もあったよ」
「でも嘘ついてた事もあったって事ね」
お母さんはそう言って適当に持ったペンをトントンと机に叩いた。
あたしはそれが嫌で、すっごく嫌で黙りこんだ。
「まだ付き合い始めたばかりって事よね」
あたしは頷くだけにした。
それはまったくその通りなんだけど時間は関係ないって思った。
「とにかく。同棲は許しません。このまま真面目なお付き合いをして時期が来たら同棲ではなく結婚しなさい」
腹が立ってなんか言おうとしたんだけど結局あたしは黙ってた。さっきから何も言い返せていない。
「第一、せっかく就職できた会社、1年も経たないで辞めて紹介してくれた山岡さんに悪いと思わないの。常識ってもんがないわけ」
これもまったくその通り。
でもあたしはそれすらどうでもいいと思うほど、判断が鈍ってたんだろうね。
「とりあえず今度の週末、彼が来てくれるんだ。逢ってもらえる」
お母さんには何も言い返さず、自分の要求を伝えた。これは絶対にお願いしなきゃいけない事だったから、あたしは気を落ち着かせて言ったんだ。それに、逢ってノンちゃんと話せばどうにかなるような気もした。
お母さん、それはOKしてくれた。
ただ、家には来なくていい、どこかで食事でいいって。
ま、それはあたしもいいかなって思ってOKした。
あーあ。
親に話すのって緊張する。
あたしは、どっと疲れて、早々、部屋に退散したんだ。